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デザインの力で、“知る”から“変わる”を生み出せたら。聴覚障害のある人の就労をサポートする「グラツナ」 デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.10

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一昨年頃から、Diversity(ダイバーシティ:多様性)とInclusion(インクルージョン:包括性)をあわせた言葉「D&I」に触れる機会が、目に見えて増えてきました。性別や国籍、障害の有無などにおける多様性を尊重し、誰もが生き生きと活躍できる環境をつくろうとする動きが、各方面で進んでいます。

企業においては、多様なバックグラウンドをもつ人材を受け入れ、個々の力を積極的に生かすことが、企業力そのものを高める点でも期待されています。具体的な取り組みとして、女性、LGBTQ+、外国人、シニア層などとともに、障害のある人の雇用や合理的配慮の提供が含まれます。

しかし企業の障害者雇用率は、繰り返される法改正によって右肩上がりとはいえ、2022年度でも「法定雇用率」2.3%に対し、実雇用率は2.25%(厚生労働省)。今後もさらなる法定雇用率の引き上げが決まっているなかで、具体的に改善を進める方策は、まだ模索中と言えましょう。

そうした中、聴覚障害のある方に特化した求人サービス「グラツナ」が2023年度グッドデザイン賞を受賞しました。障害のある人が知りたい求人情報をサイト上にわかりやすく示しつつ、不安のある雇用主に向けたプログラムを用意し、就労をサポートしている点などが高く評価されました。

「福祉」と「デザイン」の交わるところをたずねる連載、『デザインのまなざし』。前回の「だいかい文庫に続き、10回目の連載となる今回は、グラツナを企画・運営しているデザイン事務所〈株式会社方角〉を訪ね、代表の方山れいこさんにお話を伺います。

美術大学を卒業後、クリエイティブ会社に就職したのち、2021年のコロナ禍に起業をした方山さん。グラフィックやウェブなどのデザインの仕事をしながら、どのような経緯で障害、それも聴覚障害に特化したサービスを始めたのかを、デザイナーと経営者の二つの視点で語っていただきました。

聴覚障害のある方に特化した求人サイト「グラツナ」

グラツナは、一般の求人サイトとどんな違いがあるのでしょうか。

まずは、聴覚障害のある方向けに絞った求人情報が掲載されていることです。それぞれの募集ページには、「障害者の人数」「障害への配慮」「使用しているWeb会議ツール」「音声認識ツールの使用状況」「手話への意欲」などの項目を、“グラツナポイント”として掲載しています。

また応募者が気になる情報を、「口話なしでOK」「聴覚障害者が働いたことがある」「手先を活かせる」「転勤なし」「ベンチャー企業」などのタグで気軽に検索できるようにもなっています。

「グラツナ」公式サイトより

―聴覚障害のある方にとって、仕事選びで重要になるポイントが整理されているんですね。

はい。グラツナポイントは、聴覚障害のある方々に「どのような情報があると理想ですか?」とヒアリングをしたとき挙がった項目で、基本的にどの求人にも記載されます。

タグ情報はもう少し幅広く使ってもらっていて、必要に応じて随時追加をしています。2023年2月にスタートして、今で1年ほどですが、タグの中では「フルリモートOK」のある求人がとても人気のあることなどもわかってきました。

―雇用形態としては、どのような求人の掲載が多いですか?

多いのはアルバイトの募集ですが、業務委託や正社員の募集もあります。職種も、クリエイターや販売スタッフなど多岐にわたります。

当初は事務職など、喋る必要がない仕事が中心になると思っていたのですが、実際は職域に制限を設けない雇用者さんや、飲食店でも雇用を考えてくださる方が多くいた点は、こちらの想像を超えていました。ホールスタッフの求人に応募があるのかは私たちも正直不安でしたが、直ぐに採用が決まりました。

また、補聴器のレポートをオンラインで書いてもらうような、聴覚障害のある方ならでは求人に対しては、想定以上の応募が来たこともありました。

株式会社方角 代表取締役 方山れいこさん

努力を強いられている人々がいる、という気づきから

〈方角〉は元々デザイン事務所ですよね。なぜ自社サービスとしてグラツナを立ち上げたのでしょうか?

きっかけは、2021〜22年にかけて実証実験が行われた、耳の聞こえない、聞こえづらい人に視覚的に駅の情報を伝える「エキマトペ」のプロジェクトに関わったことです。駅のアナウンスや電車の音といった環境音を、文字や手話、オノマトペとして視覚的に表現する装置で、「聴覚障害」と一言でいっても本当にいろいろな方がいらっしゃることを、このプロジェクトを通じて初めて知りました。

富士通、東日本旅客鉄道、大日本印刷が協働した「エキマトペ」。2022年度にグッドデザイン賞を受賞

エキマトペは、SNSですごい数のリツイートが集まるなど、とても多くの反響があったんですよね。

はい。当事者の方からもたくさんのメッセージをいただきました。そこから、聴覚障害のある方がさまざまな苦労をされていると知るなかで、「なぜ障害のある方だけ努力を強いられる状況があるのか」と思うようになり、自社にできることを考え始めました。

グラツナを始めた直接のきっかけは、聴覚障害のある方の仕事探しの選択肢がとても少ないと感じたことです。いわゆる健常者が仕事を選ぶときは、「楽しそう」とか「次のキャリアに挑戦できそうだから」などの理由で選ぶことも多いと思いますが、聴覚障害のある方は、そうした動機では選べていないのが実情だと知ったのです。

ただ、中にはご自身の希望にあった職についている方もいます。聴覚障害のある方に特化した求人サービスがあれば、もっと自分がチャレンジしたい職種に就きやすい社会に変わるかもしれない。そのお手伝いをしたいと思って立ち上げました。

グラツナと似たような求人サイトはなかったのですか? 

私たちが調べた限り、サブの情報提供サービスでやっている海外のNPOはありますが、日本には今でもありません。またハローワークには障害のある方に向けた求人情報はありますが、聴覚に特化したものはありません。

―そうなると、これまではどのようにして仕事を探していたのでしょうか?

私の知る範囲では、口コミが非常に多いようです。SNSの発達もありますが、元々ろう学校の繋がりなどで、自分たちに関係する情報を、積極的にシェアする習慣や文化を持っているように感じます。グラツナができたときも、本当に情報の伝達が早くて、私たちもとても驚きました。

ただ、そうした強いネットワークがあっても、実際には希望の職に就けていない人がたくさんいます。最近は障害者雇用促進法もあり、障害のある方全体の雇用も増えていますから、オンラインを通じて、聴覚障害のある方と雇用を考えている企業や店舗を改めて繋ぐことには意義があると感じています。

「グラツナ」のロゴ。聴覚障害のある方の中には「聞こえる/聞こえない」にかかわらずダイビングを趣味にする人が多い、と聞いたことからインスピレーションを得て、「無重力(zero gravity)でつながる場」の意味を込めた

職場のコミュニケーションを支える二つのサービス

求人を希望する企業や店舗からの掲載費や、仕事を探している方からの登録費などは、もらっているのですか?

いいえ、求人掲載から採用に至るまで、無料でサービスを利用できます。

そうなると、事業としての収益モデルはどうなっているのですか?

グラツナに関連した二つのサービスを有料で企業に提供しています。

一つ目は「受入準備プログラム」で、聴覚障害に関する基本的なレクチャーや、オフィス環境の整備支援などを請け負います。また企業側のニーズに則した人材のコンサルティングもやっています。

実は障害者雇用の現場では、採用直前までいきながら見送られるケースがよくあります。それは“障害のある人と働くこと”に関する基礎知識が企業サイドに足りないことが主な要因で、よく知らないのに「雇用は大変だ」と、表面的に思い込んでいる企業が多いのです。その解消のために、事前プログラムを用意しました。聴覚障害のある方を採用するのが初めてで不安のある法人さん、雇用自体に躊躇される会社さんなどにまずはレクチャーを受けていただき、理解したうえで、改めて求人内容や雇用方法を具体的に検討していただいています。

また、当社が直接面談に立ち会うことはしませんが、オンラインでの面談の事前練習をさせていただくこともあります。雇用側に手話ができる人は基本いませんし、チャットでのやりとりになるので、そこでのコミュニケーションの取り方などをお伝えします。

もう一つは「就業後サポート」というアフターサポートです。雇用後に起きたことに関するアドバイスや、採用された方へのカウンセリングなど、ご要望があれば受けています。〈方角〉には聴覚障害のあるスタッフで、福祉カウンセラーの経験者もいるので、当事者同士のメンタリングが可能です。

というのも、実際にコミュニケーションがうまく取れなくて、退職するケースが多いからです。障害者職業総合センターの調査(2017年『障害者の就業状況等に関する調査研究』)によれば、身体障害のある人全体で、1年後の定着率は60.8%。4割の方は1年未満で辞めていることになりますが、聴覚障害のある方はこの数字よりもさらに多いように感じます。

「インクルーシブな社会の実現」と声高に言われ、雇用率を上げることも大事ですが、私は職場定着率を高めることも同時に考えるべきことだと思っています。日常の小さなコミュニケーションを丁寧に積み重ねていくことが、長く働くためには不可欠であり、その意味でもアフターサポートはとても重要だと考えます。

―こうしたサポートを導入してくださる方や、実際の求人掲載先はどのように探していますか?

スタート当時は私たちが積極的に営業をやっていたのですが、今はむしろ、口コミなどで知って問い合わせをくださる方と関わることが多いですね。以前は「聴覚障害という、1つの障害だけに対応した企業だと認識されたくない」と考える方も多く、説明に苦労しました。その点、問い合わせをもらった方は最初から聴覚障害の方に細かなニーズがあることを知ったうえで、その困りごとに特化したサービスであることに魅力を感じてくださっていますので、スムーズに話が進むことが多いんです。

応募者にとってのグラツナは、どのような存在なのでしょうか?

今のグラツナは、ジョブボードのように仕事を掲載するだけの紹介サイトになっていますので、興味のある人は、直接求人先に連絡してもらっています。当社は仲介をしていません。

ですが、現在「有料職業紹介免許」を申請中で、取得後は会員登録などの機能も増やし、よりサービスをより拡充させる予定です。その際は仲介も行い、細かなキャリアサポートをしていくことも考えています。

グラツナを信頼してくださるユーザーにとって、掲載されている仕事は、「私たちにとって優しい仕事、安心できる仕事だ」と認識され始めてます。本当に嬉しいことなので、この信頼を今後もどう担保していくかが重要だと思っています。

聴覚障害のある人の世界に踏み込む、〈方角〉のチャレンジ

―ちなみに〈方角〉でも、聴覚障害のある社員さんを雇われているんですよね。

はい。今はグラツナ経由で採用した2人を含め、9人在籍しています。彼女、濱田この実が最初のスタッフで、2021年にTwitter(当時)で「アルバイトをしませんか」とナンパしました(笑)。

今はウェブやUIのデザインをやってもらっています。他に、聞こえない人の目線でみてもらうこともあります。

方山さんが「マイペースで、実はすごくおしゃべり」と指摘する、デザイナーの濱田この実さん。ご自身は「プロジェクトの最初から最後まで仕事を任せてもらえるなど、障害の有無による区切りがないのが方角のいいところ。聴覚障害があるとコミュニケーションで息が詰まる場面も多いのですが、方角ではそういったことがない」と話す

方山さんは手話も習っていると聞きましたが、社内でのコミュニケーションはどのようにされていますか?

深い話をしたいときは筆談にしますが、お礼や簡単なことは筆談より手話を使っています。その方がとても早く伝わりますし、コミュニケーションがぐっと縮まります。

なぜなら、手話は日本語と文法が違うからです。それぞれの文化に紐づく言語を知ることによって、相手のことをより深く知ることができると感じています。

オフィスでよく遊ぶ、というボードゲームも、手話やジェスチャーで楽しめるものが並んでいた

―そこまで聴覚障害に踏み込んで会社を経営されていることが、就労支援サービスでの、細かなサポートにも影響を与えていく気がしました。今後、他にも聴覚障害のある方向けに考えられていることはありますか?

2025年に開催されるデフリンピック(聴覚障害のある方の国際総合スポーツ大会)に向け、車の部品メーカーの〈アイシン〉と〈早稲田大学〉、そして〈方角〉の3者共同プロジェクトとして「雰囲気応援可視化システム」を開発しています。オノマトペなどを使用しスポーツの観戦情報を保障するサービスで、「ミルオト」と名付けました。

メインは卓球の試合で、リアルタイムで競技等の音をモニターに擬音表示させて、生観戦でもLIVE配信でも楽しめる環境を構築するものです。2023年6月に東京都が開催したピッチコンテストで優勝、10月に「CEATEC」で展示とデモンストレーションを行いました。この開発にも、濱田が関わっています。

デフリンピックに伴って海外から聴覚障害のある方が多く来日されるので、他にも新しいサービスを提供したいと思っています。

「ミルオト」の開発における、濱田さんと方山さんの手書きのやりとり。「今まで見てきた漫画などのコンテンツをもとに、自分なりの解釈をアウトプットできるように努めています。耳が聞こえる、聞こえないにかかわらず、音の勢いが伝わるデザインを目指していきたいです」(濱田さん)

一つひとつ異なる障害に、みんなで向き合う社会を

聴覚障害の方に特化したサービスは、当事者の方にとってとても助かると思いますが、経営する側から見ると、もっと幅が広い方を対象にしたほうが成長することもあるかと思います。そうした葛藤のようなものはありませんか?

例えばグラツナだと、先ほど少し触れたように「聴覚障害以外の求人も対象にしてほしい」という要望もあります。ただ実際は聴覚障害だけでも本当に多様な状況があり、さまざまな障害にまで同じように対応していくのは、今の当社の規模では難しいんです。

自閉症に特化した会社を経営する知人を見ていて思いますが、むしろ1社で何でも包含するのではく、多数の会社が集まることで、社会を大きく変えることができるのではないでしょうか。各々の会社のキャパシティがあるなかで、最大限を尽くせたらと私は思っています。

―会社のミッションも、少し前に「障害のある社会をデザインで変える」に変えられました。グラフィックやウェブ以外の相談もきているのでしょうか?

障害者雇用やアクセシビリティ改善の進め方について聞かれることがとても増えました。それに対しては、まず「意識を変えることから始めてみませんか?」とお答えしています。

そもそも今は社会全体で、障害のある人に関する「興味」が圧倒的に少ないと思っています。なので、「障害のある人はこんな人」といった認識が先行してしまい、10人いたら10人全員違うことをなかなか想像できない。

そういう私自身も、以前は障害のある人を漠然とした括りで捉えていて、一人ひとりを見れてはいませんでした。だからこそ、まずは「知る」ことが大切で、知ることで「変わる」ことがすごくあると思うのです。私がそうであったように。同時に、健常とされる人と何も変わらない面が多々あることも知って欲しいです。

―それで、新しいメディアをつくったのですね。

「知るきっかけ」を提供したくて、 最近「キコニワ」という新しいウェブメディアを立ち上げました。

聞こえない、聞こえづらい人たちのライフスタイルを発信していますが、聞こえる人にも読んでもらうためのメディアです。興味を持ち、「私たちとそんなに変わらない」と理解が進めば、雇用にも繋がっていくので、今後もどんどん発信していきたいと思っています。

盲ろうのライターを中心に発信するウェブメディア「キコニワ」

最後にお伺いします。デザイナーが福祉の領域でできることはどんなことがあるとお考えですか?

それはとても答えに迷いますね。

実は私がデザイナーになったきっかけは、かっこいいものをつくりたいという気持ちでした。それも世の中に必要だと思いつつも、今は本当に課題解決にフォーカスしたデザインが求められています。少し前に流行った「デザイン思考」という言葉を最近あまり耳にしなくなったのは、ある意味、社会課題に向き合うときにデザインの力を使っていくことが当たり前になってきたからだと思うのです。

グッドデザイン賞の対象領域の広がりは、私の学生時代と比べて今「デザインは大事だ」と言われる機会が増えた一つの要因だと思うのですが、私もデザインにはもっとできることがあると感じています。課題解決だけでなく、もっと先の向こう側にできることが必ずあると……。それをこれからのデザイナーは見つけていかなくてはいけないと思います。

デザイナーの良いところは、目に見えるものをつくれるスキルをもっていることです。直ぐにつくって、それを公開し、どんどん良くすることができる。そしてそこに、社会を巻き込むことまでできるのが、デザイナーが障害のある人に対してできることだと考えています。

でもそれはデザイナーだけの特権だとは思いませんし、〈方角〉だけでやれるとも全く思っていません。自分たちみたいな会社がもっと増えて、みんなで社会を変えていけたらいい。そんな思いを持ちながら、これからもグラツナを運営していきたいです。

今日はどうもありがとうございました。これからの展開に期待をしています。

取材を振り返って

方山さんに、グッドデザイン賞を受賞した反響について聞いたところ、こんな話をされました。

「広告業界には有名な賞がありますが、一般にまで知られているものはなく、世界最大級の広告賞でも『何それ?』になりがちですよね(笑)。グッドデザイン賞は、誰もが知っている賞なのでどうしても受賞したかったんです。業界を越えて、働いてる方も、取引先もみんなが知っていて、みんなが喜んでくれました」と。

もちろん、社会的に有意義な活動は、すべからくグッドデザイン賞を受賞するものではありません。審査会では「デザインをどのように導入しているか?」「デザインを導入したことで有機的に機能し社会的なインパクトを成しているか?」など多角的な視点で評価をしています。

方山さんは耳の聞こえない、聞こえづらい人に視覚的に駅の情報を伝えるデザインを偶然担当したことで、初めて聴覚障害について知り、大きな衝撃を受けられました。そこで興味を覚え、実際に聞こえない社員を自社で雇用し、手話も習い始める。そして、聴覚障害に特化した求人情報サイトのアイデアを思いつきました。

こう振り返ると、グラツナというプロジェクトは、方山さん自身がデザイン事務所の経営者であり、デザイナーでもあることが、明らかに一つの軸になっていることが見えてきます。

利用者視点に立脚し仮説を構想し、当事者意識をもちながら自分の興味を社会化していく。同時に、ビジネスとして持続する仕組みも設計していく。そうして「障害のある社会をデザインで変える会社へ」のミッションへ向かい全力で疾走していく方山さんの姿に、次世代のデザイナーとしてのりりしさと美意識を感じました。


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連載:デザインのまなざし|日本デザイン振興会