福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】木製2階建ての前に佇む、医療者用の赤い服を着た男性と、青いシャツを着た女性【写真】木製2階建ての前に佇む、医療者用の赤い服を着た男性と、青いシャツを着た女性

200年先まで人の幸せを支える、“生態系”の拠点を目指して。地域にひらいた訪問診療オフィス「かがやきロッジ」 デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.11

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今回訪れた「かがやきロッジ」は、岐阜県岐南町にある〈医療法人かがやき〉の社屋です。外から見るとロッジ=山小屋という名前のとおり、木がふんだんに使われていて、居心地のよさそうな縁側を備えたあたたかな雰囲気。中に入ると、開放的な吹き抜けと大きな薪ストーブが迎えてくれます。

ここは訪問診療の拠点でありながら、スタッフだけが使うオフィスエリアは、全体の4分の1しかありません。その他のスペースには、リビング、オープンキッチン、宿泊室、研修室、掘りごたつの座敷などさまざまな機能が備わっていて、医療者の研修を中心に、子ども食堂や勉強会、合宿、地域の人が主催する料理教室など、多種多様な催しも実施されてきました。

 

かがやき食堂2019年6月

6月20日の「かがやき食堂」、183名で8升炊いたご飯が途中でなくなりました。 サトウのご飯を10パック投入するも、足りずに途中で受付終了。 最初は20名だった参加者がどんどん増えていきます。 こどもの貧困問題解決などではなく、 みんなで食べたら楽しいじゃん、みんなに集う地域拠点にしたい、くらいの 思いで開いた「かがやき食堂」。 「地域の生態系なんだから、目標はいらないよね」とは、 昨日ボランティアで参加してくれた成田有子さんの言葉。 ここが起点になって何が起こってなにが変わっていくのか、 それがわからないところが面白いのかもしれません。 こちらもいろいろと戸惑ったりしながらも、この地域の生態系の変化を観察してみようと思っています。

医療法人かがやき 総合在宅医療クリニック 訪問看護ステーションかがやきさんの投稿 2019年6月20日木曜日

 

運営母体の〈かがやき〉は、2009年に開業した在宅医療専門のクリニックで、病気や障害で通院困難な方が対象。医師、看護師、理学療法士、音楽療法士などが定期的に患者さんの自宅を訪問しながら、24時間365日体制で支援をしています。

2017年に新社屋としてオープンした「かがやきロッジ」は、理事長の市橋亮一さんと総合プロデューサーの平田節子さんを中心に、完成までに3年の月日をかけて作り上げられました。

地元の方々が気軽に立ち寄れる「町の保健室」「居場所」であり、多職種のひとが相談に来られる「相談室」であり、在宅医療の普及や教育を発信する「情報発信基地」であり、全国各地や海外から視察や研修を受け入れる「学校」「キャンプ」でもありたい。

そんな構想初期に描いた理想を現実のものとするため、プランニング・ディレクターの西村佳哲さんや、建築家の安宅研太郎さんを巻き込んで生み出したこの施設。新しい健康づくりの拠点として評価され、2019年度にはグッドデザイン金賞を受賞しています。

【写真】夕暮れ時、屋内の暖色の光があちこちのガラス窓から外に漏れ出ている
「かがやきロッジ」竣工当時の外観

「かがやきロッジ」の目標は「この場が200年続くこと」です。短期的な目線ではなく、長い時間をかけ連綿と豊さが育まれる場所にするために、6年間どんな運営をしてきたのか。コロナ禍も経て今考えていることを、市橋さんと平田さんに伺いました。

訪問診療で「一人ひとりの希望」を支える

―〈かがやき〉で手がけてきた在宅医療とは、どのようなものなのでしょうか。

市橋 「幸せを実現する医療」を掲げて、病気を抱えていても好きなところで好きなように過ごせるよう、医療スタッフによる訪問診療を行っています。病いや障害があっても、希望する在宅生活が安心して送れるように支援できれば、みんなが病院や施設に入る必要はないからです。

患者さんは人工呼吸器をつけていたり、癌の緩和ケアを受けていたり、認知症があったりとさまざまで、年齢も下は0歳から上は105歳の方までいます。2009年の開業からこれまで3,500人の患者さんを診てきて、そのうち1,800人くらいの方については、亡くなるまでサポートしてきました。

【写真】医療者用の赤い服を着た男性
医療法人かがやきの理事長で、医師の市橋亮一さん。専門は血液内科

平田 今は携帯電話とカーナビさえあれば、いつ呼んでもらってもどこにでも行けます。患者さんのご自宅で電子カルテも使えるので、在宅医療でとてもたくさんのことができるようになってきました。

市橋 地方で在宅医療を展開しているところはまだ多くありませんが、これからは現在の「病院に行く」社会から、「病院が来る」社会になると思っています。集中治療室を持つような機能として病院は存在するけれど、日々の医療はどんどん自宅でできるようになる。 

平田 病気を持ったまま退院している方って、実はたくさんいるんです。そういう人に在宅でも医療が提供できれば、通院よりずっとゆっくりできるじゃないですか。実際に、ご自宅で過ごせる時間が長くなり、それまで元気を無くしていた方が元気になるケースってよくあるんですよ。

【写真】医療者用の青い服を着た女性
医療法人かがやきの総合プロデューサー、平田節子さん。広告業界で活動したのち、デザインやコーチングを学んでいる

―安心して在宅生活を送れるようにするうえで、大事にしていることがあったら教えてください。

平田 その方々の想いですね。それぞれ異なるみなさんの希望に、一つひとつ応えることを一番大事にしています。もちろん難しい部分もたくさんありますが。

市橋 患者さんが希望することって、だいたい危ないことでもあるんです。ほとんどの希望は、医療者の安心と相反するんですよね。誤嚥をする可能性のある人が、「サラサラの飲み物が飲みたい」と言ってきたりして。危ないのでとろみをつけて出すと、「自分が飲みたいのはこういうものじゃない!」と怒られることもあります。そうなると今度は、飲むときの姿勢を変えてみようとか、薬を変えてみようとか、さまざまな方法を駆使します。

要するに私たちは、多職種からなるプロフェッショナルなチームを作ってなんとか安全と安心を担保しながら、日々患者さんの希望を実現しようとしているんです。そういう意味では、究極の個別化サービスですね。

―個々の患者さんの事情や状況に応じた支援を、きめ細かく提供しているんですね。

平田 日常的な在宅診療以外にも、さまざまなお手伝いをしています。例えば、脳梗塞で身体に麻痺を持つ高齢者の方から、「寝台特急で旅行してみたい」という要望をいただいたこともあります。すごく人気の列車でなかなか予約が取れなかったのですが、旅行代理店にも協力いただいてなんとかチケットを取ってもらいました。つい先日もディズニーランドに行きたい方のために、ホテルや介護タクシーの用意をしたばかりです。

旅行って魔法みたいなところがあって、「現地で歩いてみたい」とか「おいしいものを食べたい」という理由で、日々のリハビリをがんばることができるんですよ。当日もまた魔法がかかって、歩けないはずの人が歩けたり、食べられないはずの人が食べられたりすることがあります。そして帰ってきた後も、旅行の映像を見ながら「楽しかったね」と言い合える。希望を叶えることで、その方の命が輝くんだなといつも思っています。 

また、そうした旅行支援の時には、医療福祉には日常的に関係ない方にお手伝いをお願いすることがあります。旅行代理店はもちろん、列車の通路を車椅子が通れるか確認してくださる鉄道会社や、交換する酸素ボンベを手配くださる宿泊先、他にもレストラン、お寺のガイド、レンタカー会社……みなさん事情をお話しすると喜んで対応いただける。基本的に人は人を助けたいものなんだな、と思いますね。

「ディズニーランドに行きたい」という患者さんの夢を一緒に実現したときの1枚(提供写真)

スタッフ×ファシリテーター×建築家で作る「かがやきロッジ」

―今日お伺いしている「かがやきロッジ」は、そうやってご自宅や外出先での支援を行うみなさんが、往診やオフィスワークの拠点にしている場所なんですよね。にもかかわらず、座敷やソファ、キッチンなどがあってくつろげる空間になっています。このユニークな施設ができあがるまでの経緯を教えてください。

市橋 スタッフの数が増えてきたし、もっと研修生の受け入れもしたいと思って、広いところに引っ越そうと土地を探し始めたのがスタートです。いざ候補地が見つかったら、平田さんが「建築の話をする前に、ファシリテーター役の人に外部から入ってもらおう」と言い出して。

平田 元々私は、建物の中に地域の人と繋がることができるスペースがあるといいなと思っていたんです。だけど、自分でファシリテートをすると、その方向に引っ張っていっちゃうじゃないですか。スタッフや地域の人も含め、みんなが別々の願いや想いを持っているはずなので、話を聞き出してまとめる役割は外の人が担ってくれた方がいいと考えたんです。

【写真】縁側横の大きなガラス窓

市橋 それが2015年ごろかな。ウェブで「居場所 デザイン」と検索をして見つけたのが、プランニング・ディレクターの西村佳哲さんでした。 

平田 そこから1年半くらいは、みんなでこれが欲しい、あれが欲しいという願いを出し合ったり、雰囲気が近いと感じる施設や空間の写真を持ち寄ったりするワークショップをしました。そうしてイメージをある程度固めていってから、西村さんが次の段階に移ろうと言って、建築家の安宅研太郎さんを紹介してくださったんです。

―すごく丁寧に段階を踏まれているんですね。 

市橋 ワークショップでは、連携関連図を作ったのも重要なポイントでした。これはスタッフや地域の人が、どのエリアで何をするかを図式化したものです。

【写真】パソコンに表示されたスライド。色分けされたキーワードがあちこち線でつながれている

平田 かつて病院の引っ越しを経験したことのある看護師のスタッフが、「新しいけどすごく使いにくかった」と言っていて。働く人にそんなことを感じさせる施設にはしたくないと思って、どことどこの機能が近ければ使いやすいのかをみんなで話し合ったんです。 

市橋 働き手として動線を考えたときに、絶対に近い方がいい機能と、遠くても大丈夫な機能があるんです。でも、どんな間取りにすればそれが実現するかまでは、僕らはわからない。なので、先にこの図だけをこちらで作っておいて、その関連性が実現するような配置を安宅さんに考えてもらいました。

人の幸せを奪わない“安心”のデザイン

建物のことで言うと、まず出迎えてくれる大きな吹き抜けのあるこのフロアがすごく印象的で、外からでも入って来やすい感じがしました。

市橋 人が入って来たときにどの部屋にいてもわかるということ。そして、お互いがどこにいるのか気配はわかるけど、何をしているかまではわからない距離感にしてほしい、と安宅さんに伝えました。

平田 至るところにガラスが使われていて、離れた場所からも見通せるようになっているんです。

市橋 逆に隅のソファの部分は死角になるから、ちょっと隠れることもできる。

平田 ひっそり喋りたいときはそっちに行くとか、いろんな場所を選べるようにしています。

【写真】自然光で明るいホール全体が見渡せる
「かがやきロッジ」2階のミーティングルームから眺めた、1階のエントランスエリア。奥にキッチン、中央にダイニングテーブルや椅子が並び、大きな薪ストーブの右手にソファスペースが隠れている
【写真】外に面した壁は一面がガラス窓になっている
2階で一番大きな部屋にはソファや卓球台、麻雀卓、ドラムセットなどが置かれている。医療者向けの研修などで利用されることも多いという
【写真】ガラス越しに見た個室。やはり向こう側もガラス窓で光が入ってきている
ベッドと机のある部屋も2つあるが、やはり廊下側は一面ガラス張りで、エントランスの雰囲気が感じられる。カーテンを引くことでプライバシーをコントロールできるようになっていた

―それぞれ好きな居場所を選べるんですね。ちなみに先ほどまで、隣のスペースで話していたのはどういう方たちなんですか?

平田 うちのスタッフ以外の方は、たぶんお一人は患者さんで、もう一方は……ちょっとわからないですね。ふだんから「あの人は誰かな」みたいなことはよくあります。

―医療の現場は安全を重視して、知らない人が入ってこないようにセキュリティを厳重にしているイメージがありました。

市橋 安全を大事にしていないわけじゃないんですが、“安心”とは分けて考えていますね。完璧な安全を求めていくと、転倒のリスクがあるからいつも寝たきりの方がいいし、誤嚥のリスクがあるからみんな胃瘻の方がいいことになってしまいます。安全自体を目的化するって、実は危ない。人の幸せを一方的に奪いかねないんですよね。

それを避けるためには、安全のことは考えつつも、どこかでリスクをとる必要があります。患者さんの幸せを第一に、リスクとメリットを天秤にかけたうえでどうするかを決めれば、それは安心に繋がると思うんです。

平田 さすがに誰も知らない人が入っていたら安全でも安心でもないけれど、うちのスタッフの誰かが対応してさえいれば安心なので。開設したときは「危険な人が入ってきたらどうするんですか?」って言われたりもしたんですけど、実際1回も入ってきたことはないですし。

このエントランスエリアは今、スタッフのダイニングスペースにもなっています。最初は「こんなに人がどんどん来るところで落ち着いて食べられません」と言っているスタッフもいたんですけどね。すごく居心地のいい場所なので、結局みんなここでいつもお昼ご飯を食べています(笑)。

【写真】寿司桶に入ったちらし寿司。横には副菜が並ぶ
アイランドキッチンの上には、この日の昼食が並んでいた。メニューは管理栄養士さんが考えるが、実際の調理はその日動けるスタッフさんたちが、声を掛け合いながら分担しているという

200年先まで続く「生態系」が育まれる場所

―「かがやきロッジ」は地域に開かれた場所として、子ども食堂や演奏会、料理教室などたくさんの催しが開催されています。外部にも貸し出しているということなのですが、利用したい方はどのように申し込むのでしょうか?

市橋 貸し出しについては、公に募集しているわけではないんです。縁がある人が聞き付けてくる感じですね。

平田 ウェブサイトにも、申し込みフォームのようなものがあるわけではなくて。何らかの縁があった人が使いたいと言ってきてくれたら、いいですよとお答えするだけなんです。

ただ土日に職場が休みのとき、どう貸し出すかの問題はありました。鍵当番のためだけにスタッフに出勤してもらうことはしたくない。相手がちゃんと信頼できる人であれば、鍵を貸してしまえばいいんだと閃いて、「キーマスター」という制度も作っています。

―鍵を預けてしまう、という発想は驚きです。

市橋 もちろん大事な個人情報にはアクセスできないように、オフィスエリアのセキュリティは分けています。屋内に入れるだけの鍵と、オフィスにも入ることのできる鍵の二層構造ですね。

【写真】通路の先にガラス扉がある。左右には下駄箱やロッカーが並ぶ
オフィスエリアは、裏口が駐車場に直結して、すぐに往診に出られるようになっている。カバンや機材などの大きさ、靴やコートの脱ぎ着などの導線も考慮してデザインされた

―2019年にグッドデザイン賞へ応募していただいたときの資料では、1カ月のイベントの3分の2は外部への貸し出し企画で埋まっているということでした。現在はどのような状況なのでしょうか?

平田 実はコロナ禍をきっかけに、一度完全にイベントをやめていたんです。ここは医療機関ですし、しかも病気や障害のある方々のご自宅に伺うスタッフばかりですから、クラスターを発生させるわけにはいかないと判断しました。

そこから結構最近まで、一般の方には場を閉じていたので、現在はまだそんなに外部への貸し出しもしていなくて。今度、子どもたちの料理教室が久しぶりに再開するという感じです。自主企画ではカフェと子ども食堂を月1回定期的に開催しているのと、あとはいろんな勉強会がランダムにあったり、学生たちの合宿に使用したりしてもらっています。

月に1回、地域の訪問看護師や学生と一緒に開催している、在宅医療の患者や家族が集まるカフェ。かがやきのスタッフはボランティアとして参加している(提供写真)

市橋 でも振り返ると、これはある意味コロナ禍で、1回すべての活動をリセットできたという側面もありました。ルーティンになっていた活動もあったし、自主企画に関わるスタッフも固定化されていたので。

今は、「面白かったからまたやろう」という声があがる企画と、そうならない企画をもう一度より分け直している段階といえます。決してイベントの数を増やすこと自体がゴールとは考えていません。

―短期的に地域を盛り上げるのを目指しているのではない、ということですね。

市橋 はい。そもそもこの場所を作るときに安宅さんにお願いしたのは、「200年保つようにして欲しい」ということでした。戦後の日本はスクラップ&ビルドの発想で短命の建物ばかりになってしまいましたが、1400年以上続いている法隆寺のような建築物もあります。そんなふうに長く残る建築がもっと増えたら、次の世代は余計なコストを払わなくていいし、合理的だと思って。

平田 安宅さんからは、「200年保つかどうかは工法によるものではなく、ちゃんとメンテナンスをしてくれる、その建物を愛する人がいるかどうかなんです」と言われました。例えば今子ども食堂に来ている子たちが大きくなったとき、もしここでお世話になったことを覚えていてくれたら、この建物がボロボロになったとしても、直すお手伝いをしてもらえるかもしれないですよね。

そうやって200年の中で、いろんな人が集ってきて、いろんな繋がりを持っていけばいいなと考えるようになったんです。最初からそのぐらい長い目で捉えていたから、コロナ禍で3、4年閉じたことも、そこまで大きな問題ではなかったというか……。

【写真】こちらを向いて話す平田さんと市橋さん

市橋 あとまだ190年以上あるからね(笑)。これはつまり「生態系」の話なんだよね、と言うようになりました。

平田 そうそう。ここは森みたいなものだと思っているんです。畑じゃなくて。畑は自分たちで種を植えて育てないといけないけれど、ここは森なので、知らないうちに鳥が種を落としていたりとか、何かの芽が出てきたりする。その偶然を喜びたいんです。 

―そう考えると先ほど伺ったキーマスターも、森の手入れをしてくれる人のように思えてきますね。 

平田 豊かな自然が育まれるように、管理してくれる人の一人ですよね。いろんな人が関わる場ができて、その方たちにとってもいい思い出ができたら、「この森を豊かに残しておきたい」と考えてくれる人が増えるんじゃないかなと思って。もちろん、それは外部の方だけではなくて、〈かがやき〉のスタッフたちも同様です。みんなそれぞれに実現したい、医療への想いがありますから。

私は、いち医療法人が地域をどうこうしたいとまで言うのって、本当はおこがましい気がするんですよね。本来それはその土地の人が考えるものなので。だけど、場があることでみんなの「こんな活動をしたい」という想いが活性化されるなら、それはすごくいいことだと思っています。どんな種がやってきて、どんな芽が出るのかな、どんな花が咲くのかなって、楽しみにしている感じなんです。

医療過疎の時代に向けた〈かがやき〉の人づくり

―医療拠点として地域に「生態系」を育もうとしているんだ、と考えると、この空間の見え方も変わってきました。

平田 ここが本当に「地域に開くための場所」という目的だけだったら、きっとコロナ禍の間、すごく悩んだと思います。何もできない、どうしよう……みたいな。でもそういうことはなかったんですよね。じゃあそのぶん、違う形で森を豊かにしていこうって。 

―改めて、今〈かがやき〉がどんな展開を進めているのか教えてください。

 市橋 僕たちは基本的に、「社会に足りないものを提供する」「別の人ができることなら、自分たちはやらない」という考え方から出発します。15年前はこの地域に在宅医療の拠点がなかったので、専門のクリニックを立ち上げました。3年前には岐阜県から、障害があったり医療的ケアを必要としたりする子どものリハビリや宿泊のできる場所がないと相談されて、この建物と同じ敷地内に「かがやきキャンプ」という施設を作っています。

【写真】木製平家の建物。すぐ向こう側にかがやきロッジが見える
重度障害がある子ども、医療的ケアの必要な子どものための短期入所施設「かがやきキャンプ」。雨でも送迎時に濡れない、広い軒下が目を引く。フードトラックなどを出すことも想定されている
【写真】四角いプールの奥の壁2面に映像が照らし出されている。手前の水面には上から吊り下がった浮き輪
「かがやきキャンプ」にある、リハビリ支援ツール「デジリハ」を導入したプール。ここでしかできない体験に、県外からの利用の要望も多いという

市橋 そして現在は、本業である在宅医療をもっと人口が少ないところにも提供したいと思って、訪問診療の拠点を増やそうとしています。今在宅医療が提供されていない場所は、基本的に人口減少地域なんですよ。次の10年、20年は、公的な病院が破綻するなどして拠点が少なくなっていくはずなので、医療過疎がさらに進むはずです。その事態に備えて、僕らは在宅医療をもっと多くの地域で提供していくつもりです。

平田 過疎地域って、大きな病院に行くか、あるいは施設に行くかという選択肢しかないところが実はすでにいっぱいあるんですよね。そこで私たちは昨年、人口2万人の美濃市に新しい拠点を設けました。小さな市や町で、一人で在宅医療をやろうとされる方はいらっしゃるんですが、もしその医師がコロナに罹患したら医療が立ち行かなくなるんです。グループで助け合いながらやらないと、過疎地域の在宅医療は充実しない。私たちが衛星的に小さな拠点をいくつか作っていけば、その間で連携できると考えました。 

市橋 それから人口減少地域にも十分な医療人材を送るために、名古屋市にも拠点を作りました。名古屋には医学部を持つ大学が4つあるので、その学生たちを研修生として受け入れ、育成していくつもりです。法人全体ですでに、年間300人の研修生を受け入れているんですよ。これを広げていけば、いろんな人口減少地域に医療を提供できる可能性が広がっていきます。

また今後は遠隔診療が普及していくはずです。大都市の専門家とネットワークを築いておけば、いずれその方々と過疎地域の人を繋げることもできると考えています。

【写真】かがやきロッジのスタッフが一覧で載っている冊子

―ここで働きたい方も多そうですね。

市橋 おかげさまで、すでに70名近いスタッフが在籍してくれていますが、「かがやきロッジ」ができて以来、採用広告にお金をかけたことはありません。人が増えたぶん、それぞれに活躍の場を提供したいと思って新しい拠点を増やすと、また別の医療を必要としている人のためにもお役立ちできます。その循環はすごくいいなって。

そうやって200年続くんだと口にしていたら、この前「かがやきはサグラダファミリアみたいですね」って言われたんですよ。いつまで経っても完成しないでずっと作り続けているんですね、と。

平田 さっきも言ったみたいに、ずっと続く森のような存在でありたいだけなので。スタッフの働き方に対しても、私たちは「こうなってほしい」と強く思っているわけではないから、評価もしないんですよ。指示、申請、承認、許可なんて言葉は実際ほとんど使ってなくて、みんながそれぞれ自分の花を咲かせてくれればいいなって思っています。

市橋 結局、僕らがやっているのは人づくりですよね。いい人が出てきてくれればいいから。それって生態系として成り立っていたらもう永遠に出てくるだろうから、未完なんです。これからもどんどんバージョンアップしていくものなのだと思っています。

【写真】屋外で笑顔で会話する市橋さんと平田さん

取材を振り返って

今回、お二人にお話を伺うまでは、訪問診療の拠点である「かがやきロッジ」が、医療関係者だけに閉じない地域に開かれた居場所として、どのように機能しどういう役割を果たしているのかを詳しく知りたいと思っていました。しかし、市橋さんの口から出てきたのはこんな言葉でした。

「かがやきロッジでコミュニティの活動が広がるのはもちろん嬉しいんだけど、それよりももっと、僕らの本業である医療を通じて貢献をしていきたい。人命に関わる大事なことを、今以上にもっと足りていないところにも提供できるようにしたいんです」

まずは医療を少しでも多く、必要としている人たちに提供する拠点であることが第一で、記事中でもあった通り、コロナ禍の際にはまっさきにすべてのイベントを中止しています。

にもかかわらず、この場所が多くの人にとって大切な場所になり得ることは、平田さんが教えてくれたこんなエピソードからも垣間見ることができます。

「以前、毎朝小学生たちが来ていたこともあります。うちの駐車場が登校のときの集合場所だったんですが、勇気のある子が、『ここはなんですか?』って言ってきて。それで入っていいよて言ったら、どんどん小学生が来るようになって、朝ここにランドセルを置いて、一騒ぎするっていうのが日課になったんです。毎日楽しがってピアノを弾いてたりして」

200年保たせるという理想に向けた、柔軟で緩やかなルールづくりと、オープンで人々に共有される建物として存在し続けるための、居心地のいい場づくり。「生態系」をイメージして生み出されたデザインは、平田さんのいう森のように、その時々に応じて形を変えながら、さまざまな人を引き寄せ続けているのだと感じました。


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連載:デザインのまなざし|日本デザイン振興会