福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【画像】コミックの見開きイラストの上に、すっぽり入るサイズでクッションに座り本を読む人が描かれている【画像】コミックの見開きイラストの上に、すっぽり入るサイズでクッションに座り本を読む人が描かれている

「ケア」を感じたマンガを教えてください。文学研究者、精神科医、看護師、介護福祉士、文筆家の選ぶ5作品 “自分らしく生きる”を支えるしごと vol.08

Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和5年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)

  1. トップ
  2. “自分らしく生きる”を支えるしごと
  3. 「ケア」を感じたマンガを教えてください。文学研究者、精神科医、看護師、介護福祉士、文筆家の選ぶ5作品

身の回りの誰か、あるいは自分自身が、“その人らしく”生きていくために。そばにいる人ができることは何でしょうか。

「ケア」について研究する〈ナイチンゲール看護研究所〉の金井一薫さんは、専門家(ケアワーカー)による本質的な関わり方が重要としながら、同時に「多様な人がケアの視点を持つこと」の大切さにも触れています。その視点を育んでいくきっかけの一つとして、編集部は今回、身近にある「マンガ」に注目しました。

「これは『ケア』かもしれない、と感じた作品を教えてください」。そんなお願いをしたのは、研究者から医療、介護の現場にいる方まで、独自の視点を持つ5名の方々です。

【マンガ作品を推薦いただいた方】

・小川公代さん/英文学研究者
・星野概念さん/精神科医
・木村映里さん/看護師
・冨永新さん/介護福祉士
・ヒラギノ游ゴ(ヒラノ遊)さん/文筆家

多様な登場人物が織りなすストーリーの中には、さまざまな形で、人から人へと馳せる想いが立ち現れている。そんなことを感じさせてくれるマンガ作品たちを、ぜひみなさんも手に取ってみてください。

『前科者』

【書影】
原作/香川まさひと、作画/月島冬二(小学館)

【推薦】小川公代さん/英文学研究者

『前科者』の主人公は “前科者”の居場所を見つけるために奔走する保護司、阿川佳代である。保護観察対象者たちに、自らが犯した窃盗、詐欺、傷害、殺人、死体遺棄などの罪と向き合ってもらうために佳代が立ち向かう挑戦とは、いかに偏見を持たず、「人間」としての彼ら、彼女らの物語に耳を傾けられるかということである。

そのために、佳代はあえて身銭を切り、牛丼などの手料理をご馳走したりする。保護司は看護師や介護福祉士によるケア労働とは異なり、無給で(報酬が目的ではない)ケアを行うため、ふだん佳代はコンビニや新聞配達店で働いている。

彼女は斉藤みどりという、特別な信頼関係を築いた“前科者”の女性の力も借りながら、保護観察対象者たちのサポートに邁進していく。その手法はきわめてユニークだ。芥川龍之介の『杜子春』やカフカの『変身』などの文学作品の読み解きをしながら、彼ら、彼女らと新たな視点を共有することによって、その更生を助けようとするのである。

佳代もみどりも、社会に適応できずに心を閉ざしてしまった人たちが自ら殻を破れるよう、誠心誠意言葉を紡ぎ、行動し続ける。二人のケア実践から学ぶことは非常に多く、あきらめずに他者との関係性を築いていくことを読者も鼓舞される。そんな作品ではないだろうか。

『食の軍師』

【書影】
著/泉昌之、原作/久住昌之、画/和泉晴紀(日本文芸社)

【推薦】星野概念さん/精神科医

僕は人にとって、「心の居場所」があることがとても大切だと考えています。

身体が居られる場所があるとしても、そこで安心できないとしたら「心の居場所」とは言えません。心が行き場を見失うことは、とても心許ないことではないでしょうか。一方で、目に見える居場所がなくても、夢中になって考えたり、取り組んだりできるものがあれば、それは「心の居場所」になると思います。

本作の主人公、本郷播(ばん)は、食べたり飲んだりすることが大好きな中年男性。様々な飲食店を訪れ、注文の順番や内容を粋なものにすることを目指しています。その時に本郷の脳内に登場するのが、『三國志』で言えば諸葛亮孔明のような軍師。本郷はいつも一人で飲食店に出かけますが、脳内の軍師とともに粋な食事を考えるのに夢中で、場に孤立している雰囲気はありません。作戦はほぼ失敗しますが、食を粋にするという「心の居場所」は、彼にとって大切そうです。

そんな本郷には、勝手にライバル視している、赤の他人の力石馨(かおる)がいます。行く店のほとんどで居合わせる力石の注文を本郷は脳内で分析し、“自分より粋だ……”と毎回ショックを受けます。次第にお互いを認識し、時に一緒に食事をするようになった後も、脳内で勝手に競い合い、負け続ける本郷。力石はそんなことはおそらく知らないものの、なんだか粋な食を意識しているらしいことは感じているようで、とてもゆるい通じ合いのような雰囲気が生じていきます。

きっと本郷にとって、力石は近い飲食観を持つかけがえのない人です。本郷のこだわりは多くの人と共有できるものではないかもしれませんが、どんな形でも夢中になれるものがあること、そしてそれを共有できる人が少しでもいることは、人生を豊かにするに違いないと、本作を読むといつも思います。

『少年のアビス』

【書影】
著/峰浪りょう(集英社)

【推薦】木村映里さん/看護師

ケアと支配はよく似ている。

週刊ヤングジャンプで連載中の、『少年のアビス』は、地元や家族のしがらみを抱える男子高校生・黒瀬令児の日常が、偶然出会ったアイドルとの心中未遂をきっかけに一変していく様子を描く、サイコ・ラブストーリーだ。地方都市特有の閉鎖的な人間関係と共に、ケアをする者/される者の間に生じうる圧力や執着を、リアルに描き出す作品である。

母をはじめ、幼馴染や担任教師といった、令児を取り巻く人間たちは皆一見、令児に愛情を向け、彼をケアする役割を担おうとするが、「自分だけが分かっている」「自分だけが助けられる」と、自身の理想を令児に押し付け暴走していく。「相手のため」と「自分のため」の境目を見失った登場人物たちの行動は、狂気的でありつつも、ケアする人間であれば誰でも陥りかねない混乱でもある。

肉親など自分を守るべき存在からされたことのある、かつて嫌で嫌で仕方なかった言葉や行為を、大人になった自分がパートナーや我が子にぶつけてしまった経験はないだろうか。ケアされる自分が受けた支配的な振る舞いを、ケアする相手に押し付けてしまった後悔は、ないだろうか。

『少年のアビス』には、他者を操作したい欲望に飲み込まれた私たちがいる。ケアをケアとして全うできる自分でいたいのならば、歪な支配に飲み込まれた先の自分を知ることも必要だと、私は信じている。

『3月のライオン』

【書影】
著/羽海野チカ(白泉社)

【推薦】冨永新さん/介護福祉士

主人公は高校生の天才棋士、桐山零。引っ越した先の隣町で偶然出会った3姉妹の家族との日常や、プロ棋士としての対局シーンが本筋としてありながら、いじめ、家庭問題、就職、進学などソーシャルワークとしても関わりの多い様々な問題が取り上げられています。

桐山たちは不器用でもがき苦しみながらも、それぞれの幸せを願いながら助け合っていきます。何が一番その人のためになるかを導きだそうと奮闘する姿は、決してスマートではないのですが、福祉の現場にも似たような一面があると感じています。

それは、大切だと感じる誰かに対して「想う」ということが根底に流れている点であり、ケアの本質と同義だと思います。

我々もそんな想いを持って、利用してくださる方それぞれの、途方もない正解探しを都度繰り返しています。一人ひとりの様々な問いに立ち向かいながら「何かできないか」と行動していますが、待ち、焦り、失敗し、最終的に自分に落胆したりもすることも多いです。でもやっぱり目の前に利用者や相談者がいると、「次こそは」と思う自分がいます。

そんなしつこくてあきらめられない気持ちを、“「向いてる」って言うんじゃないかな”(16巻/Chapter.172)と直接言葉にしてくれたこの作品。心を軽くしてもらえました。

『葬送のフリーレン』

【書影】
原作/山田鐘人、作画/アベツカサ(小学館)

【推薦】ヒラギノ游ゴ(ヒラノ遊)さん/文筆家

「これはグリーフワークを描いた物語じゃないか」というのが、私の『葬送のフリーレン』に対する第一印象でした。

グリーフワークとは、身近な人との死別による悲しみ(グリーフ)からの立ち直りのプロセスのこと。失った人に思いを馳せ、共に過ごした時間を振り返り、どれだけ大切だったかを再認識する——それはとりもなおさず、自分自身と向き合うセルフケアの作業でもあります。

『葬送のフリーレン』は世にも珍しい“エピローグから始まる物語”。主人公はかつての勇者パーティの一員である魔法使いのフリーレンですが、この作品は一行が冒険の末に、無事魔王を討伐し終えたところでお話の幕が上がります。勇者ヒンメルの死後、フリーレンは再度旅立ち、かつて彼と共に踏破した道を辿りながら、彼が自身の人格形成や規範意識に与えた影響を改めて感じ直し、心にピン留めしていく。

第1話のフリーレンを見て思うのは、喪失と向き合うタイミングがうまく掴めず、いわば“傷つき損ねた”状態なのではないかということです。そこから脱し、失った人を、思い出を、共に過ごした自分自身を大切にできるようになるためには、この“2周目”の旅が必要だった。セルフケアに取り組んでこなかったフリーレンですから、実際に足を運ぶ過程を経ず、頭の中だけで処理しようとしてもうまくいかなかったのではないでしょうか。

フリーレンのように失った人と過ごした場所を巡ることは、実際のグリーフワークでも有効になりえます。彼女がグリーフと向き合うことに時間をかけざるをえないパーソナリティであるからこそ、本作はグリーフワークのモデルケースの一つとして豊かなものになっていると言えるでしょう。


Series

連載:“自分らしく生きる”を支えるしごと