個と個で一緒にできること。福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉マガジンハウス

こここスタディ

ある領域の専門家をたずね、編集部メンバーが感じる福祉にまつわる疑問を聞いて学ぶシリーズです。

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記事一覧

vol.102022.09.27「福祉の現場」と「芸術」の根っこには通ずるものがある? 福祉環境設計士 藤岡聡子さんをたずね、「ケアの文化拠点」ほっちのロッヂへ

一人ひとりの違いに向き合うこと、社会構造によって生まれている差別に抵抗し、なくそうと行動すること、暮らしのなかにある違和感に立ち止まること、これらを1人だけではなく、誰かと共に考えていくこと。 「文化芸術」と呼ばれるもの、そこに携わるアーティストが活動を進める手つきには、上記で挙げたことを大切にするヒント、創造的な工夫と実践が多くあるように思います。 またそれらは「医療」や「福祉」と呼ばれているもの、現場で働く人やその環境を支える人の実践にも既にたくさんあると思うのです。 そんな思いを抱き、調べ物をしている中で出会ったのが福祉環境設計士を名乗る藤岡聡子(ふじおか・さとこ)さんでした。「人の流れの再構築を」をミッションに掲げる株式会社ReDo代取締役を務める藤岡さん。これまでに介護や子育て、まちづくりにまつわる事業に多く携わってきました。そのひとつが東京都豊島区椎名町の商店街にあった「長崎二丁目家庭科室」です。そこは「習い事スペースとセルフカフェから成る、福祉・多世代間の、出会いが生まれる場所」であり、「それぞれの知恵や得意を持ち寄り、集まれる場所」でした。 2020年4月には、長野県軽井沢町の森の中にある「ケアの文化拠点」ほっちのロッヂを、医療法人社団オレンジ理事長・ほっちのロッヂ共同代表・医師の紅谷浩之さんと立ち上げています。 「文化芸術と福祉の現場が出会うことで育めるものとは」。 大きすぎる問いとはわかりつつも、2021年9月都内某所にて、藤岡さんに話を伺いました。またほっちのロッヂという場所やそこにあるものを目撃したいと考え、同年12月ほっちのロッヂをたずね、働き手のみなさんにも話を伺いました。 ※ほっちのロッヂとは: 長野県軽井沢町の森の中にある「ケアの文化拠点」。「症状や状態、年齢じゃなくって、好きなことをする仲間として出会おう」という合言葉を掲げる、「大きな台所があるところ」。診療所であり、在宅医療の拠点であり、病児保育室や共生型通所介護、訪問看護ステーションなどの事業を担う場所。 ほっちのロッヂについては、こちらの記事もぜひご覧ください。 ・“健康”ってなんだろう?ケアの文化拠点「ほっちのロッヂ」紅谷浩之さんをたずねて (こここ編集部)

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vol.092022.09.07“健康”ってなんだろう?ケアの文化拠点「ほっちのロッヂ」紅谷浩之さんをたずねて

健康ってなんだろう? 病気がないこと、好きな食べ物を気兼ねなく食べられること、あるいは頭痛や腰痛など身体に痛みがないこと、となんとなく答えることはできる。 1948年に世界保健機関(WHO)が定義した「健康」の定義は、「単に疾患がないとか虚弱でない状態ではなく、身体的・精神的・社会的に完全に良好であること」とされている。 「身体的・精神的・社会的に完全に良好であること」ってなんだろう。誰が、どの立場から「完全に良好」と判断するのだろうか。 そんな疑問を持つなかで、長野県軽井沢町の森の中にある「ほっちのロッヂ」という場所を知った。 「症状や状態、年齢じゃなくって、好きなことをする仲間として出会おう」という合言葉を掲げ、「ケアの文化拠点」を育む「大きな台所があるところ」。診療所であり、在宅医療の拠点であり、病児保育室や共生型通所介護、訪問看護ステーションの事業を担う場所。 それが「ほっちのロッヂ」だ。医療サービスを提供する場所ではあるのだけれど、それだけではないのが、公式ウェブサイトの言葉選びから感じられる。 訪問看護ステーションを「家に訪問したり、町全体の健康を考える活動のこと」と説明していたり、診療所を「内科、小児科、緩和ケア、在宅医療。自分の好きな暮らしを医療とともに考えるところ」、病児保育室を「親も子も、自分の回復力を信じて過ごせる場所のこと」、共生型通所介護・児童発達支援・放課後等デイサービスを「大きな台所、本棚、アトリエなどがある、町の人の居場所のこと」と表現している。 ほっちのロッヂでは「健康とはなにか」という問いを考えるヒントがあるのではないか。そんな期待を持ちながら、2021年、本格的な寒さがやってくる前のある日、ほっちのロッヂを訪れ、医療法人社団オレンジ理事長・ほっちのロッヂ共同代表・医師の紅谷浩之さんに話を伺った。 (こここ編集部)

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vol.082022.08.12弱さは個人の問題ではなく、構造上の問題だ。公認心理師・臨床心理士 信田さよ子さんと考える“弱さ”のこと

弱さはできるだけ人に見せず、自分の中で克服すべきだ。社会人として働くようになってから、そんな価値観を当然のものとして受け入れ続けてきた人は少なくないのではないだろうか。私自身にも、自分の弱みにばかり目を向け、それをどうにか矯正しようともがいていた時期がある。 けれど、時間を経て、弱さは必ずしも否定し、矯正すべきものではないと思えるようになってきた。自分の弱いところや苦手なことを隠さず、周囲に助けを求めたり、それをコミュニケーションのきっかけにしたりできる人たちをたくさん目にしてきたからだ。そのことで肩の荷が下り、だいぶ楽になった。 近年では、「自分の弱さを認め、それを怖れずに見せていこう」というメッセージが公の場で説かれることもすこしずつ増えてきた。「弱さは克服しよう」とばかり言われていたときと比べると、一見とても好ましい状況のように感じる。けれど、「弱さの開示・共有」がキーワードのように、さまざまな場面で使われるようになってきたいま、“弱さ”というものの定義について、あらためて考える必要があるのではないかと思った。 公認心理師・臨床心理士の信田さよ子さんは、依存症や摂食障害、DVなどに悩む人たちと長きに渡って向き合い、“弱さ”や“責任”について考え続けてきた人だ。そんな信田さんになら、「弱さとは何か」という問いをストレートに投げかけられると思った。上記のような背景や疑問をお伝えし、取材の前に頂いた信田さんからのメールには、こんな言葉があった。

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vol.072022.07.28“違う“の不安をどう乗り越えればいい? グレーではない「色」で表現する発達の特性——星山麻木さん

私たちはもともと、一人ひとりが生まれながらに異なる存在だ。年齢や性、国籍、あるいは障害……そうした「ダイバーシティ(多様性)」については、知られる機会も増えてきている。 ただ、それぞれの“違い”のありかを知っていたとして、いざ「本当にみんなが一緒に生きてられている?」と問われたら、急に不確かで、脆い社会が目についてしまうのはなぜだろうか。 今回主に取り上げる「発達障害」も、近年の言葉の広がりとともに、当事者たちの存在が認知されるようになってきた。自身や身の回りで起きていた問題の本質を知って、救われた人も増えているだろう。一方で、言葉が一人歩きして新たなラベルになり、苦しむ当事者の声が聞こえることもある。身近に生じる障害を受け止めきれず、「どうすればいいの?」と戸惑う人もいる。 インクルーシブな(包摂された)社会を実現するためには、知識の広がりだけでは不十分なのだ。多様な“個”のあり方を認識した上で、その先の社会は私たちが協力してつくっていかなくてはいけない。では具体的にどうすれば、私たちはお互いの特性を尊重し合いながら、“個と個”のまま一緒に生きることができるのだろう。 発達障害について議論の多い「子育て」や「教育」の現場をよく知り、多様な子どもたちの支え方について研究・実践する星山麻木さん(明星大学教授)に、考えるヒントを尋ねた。

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vol.062022.04.12「私はどう生きたらいい?」を、一人で抱えない社会へ。医師・西智弘さんに聞く、地域活動と“ケア“の文化づくり

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vol.052022.03.22偏見がない人はいない。川内有緒さん×木ノ戸昌幸さん『わたしの偏見とどう向き合っていく?』イベントレポート

いま、「あなたの中には差別意識や偏見がありますか?」と聞かれたら、あなたはどんなふうに答えるだろうか。即座に「たぶんない」と答える人もいるかもしれないし、すこし考えてから、「ないように努力している」と言う人もいるかもしれない。 ではそれが、「よく知らない人と話してみて、自分が抱いていた偏見に気づいたことはありますか?」という質問や、「軽い気持ちで口に出したことが、差別的な発言だったとあとから知ったことはありますか?」という質問だった場合はどうだろう。おそらく、「ない」と言い切れる人はほとんどいないのではないだろうか。 そんな、自分自身の内側にある「偏見」や「差別意識」との向き合い方について考えるトークイベント、「わたしの偏見とどう向き合っていく?」(SPBS TOYOSU主催)が2021年10月23日に開催された。 出演者は、昨年、著書『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』を上梓したノンフィクション作家の川内有緒さんと、京都にあるNPO法人「スウィング」理事長の木ノ戸昌幸さん。「偏見」や「差別意識」をめぐる対話を通じて、身近な人、そして自分自身の中にある偏見との向き合い方のヒントが提示された。オンラインで実施されたイベントの様子をレポートする。

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vol.042022.02.04居場所・つながり・役割・生産性。「望まない孤独」をめぐる対談でみえたものとは?吉藤オリィさん×奥田知志さん

自分は誰かに必要とされているんだろうか。いずれひとりぼっちになるのではないだろうか。ふとしたときにそんな不安が頭をよぎり、苦しめられた経験がある人はきっと少なくない。あるいはもっと切実に、いままさにその「孤独」の渦中にいる、と感じている人もいるかもしれない。 たとえパートナーや家族がいても、社会的地位が確保されていたとしても、私たちはそれらを突然失うことがある。絶対にひとりにならない、とは誰も言い切れないし、自助や自己責任を強く求められるいまの社会には、孤独と常に隣り合わせであるかのような緊張感がある。 どこにも居場所がなかった、という自身の学生時代の経験から分身ロボットの開発者になったロボットコミュニケーターの吉藤オリィさん。吉藤さんは、「孤独」を「自分が誰からも必要とされていないと感じ、辛さや苦しさに苛まれる状況」だと定義する。 そして、東八幡キリスト教会の牧師であり、30年以上に渡ってホームレス支援を続けているNPO法人抱樸の理事長・奥田知志さん。奥田さんは、「家族や友人、いざとなったときに頼れる人がおらず、社会という人的なネットワークからこぼれ落ちて、孤立してしまっている状態」を「社会的孤立」と呼ぶ。 「孤独」や「社会的孤立」の実態と向き合い続け、ロボット開発や生活困窮者支援といった活動を通じてその解消法を思索している吉藤さんと奥田さん。 おふたりに「孤独」や「社会的孤立」が生まれづらい社会の実現のためにはなにが必要か、というテーマで対談いただいた。

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vol.032021.10.26大切なものを失った悲しみや痛みと共に生きていくには? グリーフサポートが当たり前にある社会を目指す 尾角光美さんをたずねて

身近な人や自分にとって大切な人、あるいは最愛のペットを亡くした経験を、誰しも一度は持っているのではないだろうか。けれど私たちは、そんな「喪失体験」にどう向き合うかをこれまで誰にも教えてもらってこなかった、という気がする。 「こんなに会社を休んだら迷惑だろうか」とか、「あれから何年も経つのにまだ悲しいなんて変だろうか」なんてつい考えてしまって、喪失を起点に生まれてくる自分の感情をありのままに認めることは、どうしても難しい。 ときには、喪失の苦しみを忘れていったり、そもそもなにも感じられない自分に対して、罪悪感を覚えてしまうこともあるかもしれない。 <一般社団法人リヴオン>の尾角光美(おかく・てるみ)さんは、19歳のときに母を自殺で失ったことをきっかけに「いつ、どこで、どのような形で大切な人をなくしても、その人が必要とするサポートを確実に得られる社会の実現」を目指して団体を立ち上げ、さまざまな形でグリーフサポートを広める活動をおこなってきた人だ。 私たちは、自分が抱えるグリーフにどう向き合えばいいのか。そして周囲の人たちは、グリーフを抱える人をどんなふうに支えることができるのか。そのヒントを、尾角さんに伺った。

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vol.022021.06.24差別や人権の問題を「個人の心の持ち方」に負わせすぎなのかもしれない。 「マジョリティの特権を可視化する」イベントレポート

職場やSNSで見聞きする、さまざまな差別やハラスメント。 「なんでこんなことが起こるのだろう」「もっと平等な社会になったらいいのに」「人としての権利が当たり前に守られるべき」と、当事者の叫びに胸を痛める人は少なくないはずだ。 「私は“中立”。差別なんてしないのにな」と思うことだって、正直あるだろう。 けれど実際には、“中立”で何もしなければ差別にはあたらないという意識そのものが、差別的な社会構造に加担してしまう危険性をはらんでいる。 こう指摘したうえで、問題を個人の態度に由来するものではなく、「マジョリティの特権」から捉えようとするのが、上智大学外国語学部教授の出口真紀子さんだ。 差別や人権の問題は、これまで差別されるマイノリティ側、社会的に弱い立場の人に焦点を当てて論じられてきた。しかし、マイノリティ側が被る不利益の裏側にあるマジョリティの特権について考えなくては問題は解決しない。 そう考える出口さんの視点を学びたいと、こここ編集部は2021年5月9日、彼女が登壇するオンライン講演「マジョリティの特権を可視化する」(対話と共生推進ネットワーク主催)を取材した。

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vol.012021.04.15さまざまな側面をもつ「わたし」と「あなた」をそのまま大切にするには? 美学者 伊藤亜紗さんを訪ねて

会社では営業担当だけど、プライベートでは当然違う。実家にいるときは子どもだけど、行きつけのバーでは全然違う名前で呼ばれてる。社会に生きるわたしたちは、いろいろな「わたし」を生きています。 誰もが、無限に広くて、底なしに深い。だから、雑にカテゴリ分けされたり、レッテルを貼ってこようとする人に出会うと無性に居心地が悪くなる。わたしもあなたもそのまま、“無限”なまま、個と個で出会えたらきっともっと楽しいだろうに。 東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院准教授の伊藤亜紗さんは、さまざまな身体をもつ人とともにその身体について研究を続けています。

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