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「性教育」という言葉から何を想像する? 教育学者 堀川修平さんによる「包括的性教育」解説 こここスタディ vol.23

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「性教育」という言葉を聞いて、あなたは何を想像したでしょうか?

私は、大学でジェンダー・セクシュアリティと教育に関する講義を担当しています。初回講義では「この授業は性教育の授業です」と前置きした上で、「今、性教育という言葉を聞いて、具体的に何を想像しましたか?」と学生に尋ねるようにしています。

近くに座っている学生と意見交流をしてみてほしいと伝えると、さまざまな表情を浮かべながら「学校の授業で学ぶ、からだのつくり、二次性徴、性感染症HIV/AIDS」のような保健体育で学ぶ内容を想像したり、「男らしさ/女らしさや性差別」といったジェンダーについて学ぶ内容を想像したり、性的マイノリティについて学ぶ内容を想像したと答えます。「人前で話すのは、はばかられる」「エッチな内容」と照れながら答える学生もいます。いずれにせよ共通するのは、「性教育」と言われて想像することが多様であるということです。

この問いをふまえて、学生たちと「性教育は、私たちが思っている以上に幅広い内容を取り扱う教育である」ということを確認しながら、“私たちは果たして「性教育」の何を知っていたのか”を紐解くのが私の講義です。

本稿では、読者の皆さんと「性教育」とは何かを考えてみたいと思います。

「性」は、幅広い!

まず「性」とは何でしょうか。性を英訳すると、Sex、Gender、Sexualityと3つに訳すことができます。一般的にSexは「生物学的特徴に基づく性別」、Genderは「社会的、あるいは文化的に構築された性別」のことだと捉えられています。もう少し正確に説明すると、Sexは「ヒトの女性と男性とを定義する生物学的特徴」のことを、Genderとは、「男性または女性であることに関連づけられる生物学的、法的、経済的、社会的、文化的属性と機会のこと」を指します。では、Sexuality(以下、セクシュアリティ)とはどのような意味なのでしょうか。

ここで見ておきたいのが、セクシュアリティについて説明している性の権利宣言です。この宣言は、1999年に香港で開催された第14回世界性科学学会で採択されたもので、以降国際的な規約や条約などのさまざまな機会で再確認され、現在ではSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:性と生殖に関する健康と権利)という用語としても定着しつつあります。性の権利宣言では、セクシュアリティについて以下のように説明されています。

セクシュアリティ(性)は、生涯を通じて人間であることの中心的側面をなし、セックス(生物学的性)、ジェンダー・アイデンティティ(性自認)とジェンダー・ロール(性役割)、性的指向、エロティシズム、喜び、親密さ、生殖がそこに含まれる。

セクシュアリティは、思考、幻想、欲望、信念、態度、価値観、行動、実践、役割、および人間関係を通じて経験され、表現されるものである。セクシュアリティはこうした次元のすべてを含みうるが、必ずしもすべてが経験・表現されるわけではない。

セクシュアリティは、生物学的、心理的、社会的、経済的、政治的、文化的、法的、歴史的、宗教的、およびスピリチュアルな要因の相互作用に影響される。(東優子・中尾美樹「世界性の健康学会『性の権利宣言』」2015。より)

一見して、セクシュアリティ概念が、とても幅広い内容を示していることが分かります。そして、セクシュアリティにはSexとGenderのいずれの要素も含みこまれていることも把握できます。

つまり、「性教育」をsex educationと訳すのと、sexuality educationと訳すのでは、取り扱う内容に大きな差が出てくるということになります。

学生たちが想像するような、月経・射精、思春期のからだの変化、生命誕生や避妊・中絶、HIV/AIDSを含む性感染症予防など健康と関わる科学的知識は性教育に含まれるものです。

それに加えて、人間関係、性行動を選択するための価値観やスキル、性の文化的・社会的側面について学ぶことが、sexuality educationには含みこまれます。

さまざまな人間が存在することを前提とした「包括的性教育」とは?

このようなsexuality educationは、「包括的性教育 comprehensive sexuality education」や「総体的性教育 Holistic sexuality education」と呼ばれることもあります。

総体的性教育は、WHO欧州地域事務所・ドイツ連邦健康啓発センターによって2010年に出された「ヨーロッパにおけるセクシュアリティ教育スタンダード」で用いられている言葉です。一方で、包括的性教育は、ユニセフやユネスコなど複数の国際機関によって2009年に作成され、2018年に改訂された「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(以下、『ガイダンス』)において用いられている言葉です。

いずれも共通しているのは、「性」をセクシュアリティとして捉えていることです。さまざまな人間がこの社会に存在しているということを前提としていること。そして、かれらが生まれてから亡くなるまでの一生涯にわたって、自らと他者とを大切にできる行動を、主体的に選択できるための知識や態度、スキルを育むことを目的とした教育です。

それでは、具体的にはどのような内容が「性教育」として学ばれているのでしょうか。ここでは『ガイダンス』を中心に確認してみます。

人間関係、人権、暴力と安全確保、健康とウェルビーイング、人間のからだと発達など、発達段階に応じた性教育実践

図表1にあるように、『ガイダンス』においては、性教育として学ぶべき内容が8つのキーコンセプトに分けられており、それぞれのキーコンセプトにおいて2~5のトピックが具体的に示されています。

キーコンセプト

人間関係

キーコンセプト2

価値観・人権・文化・セクシュアリティ

1.1 家族

1.2 友情、愛情、恋愛関係 

1.3 寛容、包摂(inclusion)、尊重

1.4 長期の関係性と親になるということ

2.1 価値観、セクシュアリティ 

2.2 人権、セクシュアリティ

2.3 文化、社会、セクシュアリティ

キーコンセプト3

ジェンダーの理解

キーコンセプト4

暴力と安全確保

3.1 ジェンダーとジェンダー規範の社会構築性

3.2 ジェンダー平等、ステレオタイプ、ジェンダーバイアス

3.3 ジェンダーに基づく暴力

4.1 暴力

4.2 同意、プライバシー、からだの保全

4.3 情報通信技術(ITCs)の安全な使い方

キーコンセプト5

健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル

キーコンセプト6

人間のからだと発達

5.1 性的行動における規範と仲間の影響

5.2 意志決定

5.3 コミュニケーション、拒絶、交渉のスキル

5.4 メディアリテラシー、セクシュアリティ

5.5 援助と支援を見つける

6.1 性と生殖の解剖学と生理学 

6.2 生殖

6.3 前期思春期

6.4 ボディイメージ

キーコンセプト7

セクシュアリティと性的行動

キーコンセプト8

性と生殖に関する健康

7.1 セックス、セクシュアリティ、生涯にわたる性

7.2 性的行動と性的反応

8.1 妊娠、避妊 

8.2 HIV/AIDSのスティグマ、治療、ケア、サポート

8.3 HIVを含む性感染症リスクの理解、認識、低減

図表1『改訂版国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(2018)より、キーコンセプト並びにトピック

そして、発達段階に応じて「学習者ができるようになること」という具体的な学習内容として、それぞれのトピックは示されています(図表2)。

包括的性教育は、一生涯にわたる性に関わる知識を学ぶものだと説明しました。そこで重要になるのが「スパイラル型カリキュラム」です。

一例として「トピック5.4 メディアリテラシー、セクシュアリティ」について見てみると、各発達段階に応じた学習目標に沿って、具体的な学習内容が示されていることが分かります。

5~9歳 基本的な情報、行動、認知能力を必要とする課題。複雑なアクティビティは少ない
9~12歳 さまざまな年齢の学習者がいることを考慮して部分的に重なる内容を意図的に設定
12~15歳
15~18歳以上 18歳以上の生徒、高等教育を受ける学習者も想定

図表2『ガイダンス』における年齢区分。田代美江子「包括的性教育とはなにか『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』を学校現場の指針に」大月書店『クレスコ』271号、2023。をもとに作成。

トピック5.4 メディアリテラシー、セクシュアリティ

学習目標(5~8歳)
メディアにはさまざまな形態があり、それは正しい情報を提供するものも、間違った情報を提供するものもある

◆学習者ができるようになること

・さまざまなメディアの形態(ラジオ、テレビ、本、新聞、インターネット、ソーシャルメディアなど)を列挙する(知識)
・メディアを通じて提供される正しい情報と誤った情報の例について議論する(知識)
・メディアからの情報は必ずしも正しくないことを認識する(態度)
・さまざまなメディアを通じて提供される情報の見方に対する認識をはっきりと示す(スキル)

学習目標(9~12歳)
メディアは、セクシュアリティやジェンダーに関する価値観、態度、規範に、良くも悪くも影響を与える可能性がある

◆学習者ができるようになること

・メディアのさまざまなタイプ(ソーシャルメディア、従来のメディアなど)を明らかにする(知識)
・メディアの中で、男性、女性、関係性がどのように描かれているのかの具体例を共有する(知識)
・セクシュアリティやジェンダーにかかわる個人の価値観、態度、行動に及ぼすメディアの影響について説明する(知識)
・セクシュアリティやジェンダーにかかわる価値観、態度、行動に及ぼすメディアの影響力を認識する(態度)
・メディアにおいて男性と女性がどのように描かれているかについての問題意識をもつ(スキル)

学習目標(12~15歳)

セクシュアリティや性的関係について非現実的なイメージを描き出しているメディアもあり、それらは私たちのジェンダーや自尊心の捉え方に影響を与える可能性がある

◆学習者ができるようになること

セクシュアリティや性的関係に関連するメディアの中の非現実的なイメージを明らかにし批評する(知識)
ジェンダーステレオタイプをつくり出すことにおける非現実的なイメージの影響について調べる(知識)
理想とされる美やジェンダーステレオタイプにメディアが影響を及ぼしていることを認識する(態度)
セクシュアリティや性的関係に関する非現実的なイメージが、自分たちのジェンダーや自尊心の捉え方にどれほど影響を与えうるのかを省察する(スキル)

学習目標(15~18 歳以上)

行動にポジティブな影響を与え、ジェンダー平等を促進するために、メディアによるネガティブで間違った男性と女性の描写に対抗することができる

◆学習者ができるようになること

セクシュアリティや性的関係に関するメディアによるメッセージが与えうるポジティブ、ネガティブな影響について批判的に見極める(スキル)
より安全な性的行動やジェンダー平等の促進のためにメディアが積極的に貢献しうるさまざまな方法を提案する(知識)
セクシュアリティや性的関係、ジェンダー観にポジティブな影響を与えうるメディアの力の可能性に気づく(態度)
メディアにおけるセクシュアリティや性的関係に関するジェンダーステレオタイプや誤った描写に対抗 するさまざまな方法を実際にやってみる(スキル)

 

図表3 トピックと学習目標ならびに「学習者ができるようになること」の関係。発達段階に応じて、同じ「メディアリテラシー、セクシュアリティ」について学ぶのだとしても、学習内容が発展していることが分かる。

繰り返し学び続けることの重要性

【イラスト】さまざまな生き物が連なって浮遊している

「スパイラル」とありますので、らせん階段を上るようなイメージをしてみてください。らせん階段を動いている様子は、俯瞰的に覗いてみると、ぐるぐると回転しながらスタート地点に戻るようにみえます。しかし、横から全体を眺めてみると、ぐるぐると回転しながら上っていくのが確認できます。

つまり、階段を上るとき、地表から急に数百メートル上に飛び移ることが不可能なように、性教育も一歩一歩の積み重ねによって、より高度な内容を学び、対応できることも想像できる表現です。

「スパイラル型カリキュラム」とは、同じテーマを、発達段階に応じて繰り返し学ぶことで、より高度な内容を深めながら学ぶことができる方法であるということになります。

ここで重要なのは、このグループが、あくまで発達段階に応じて分けられているということです。硬直的に年齢に適合させればよいのではなく、学習者の知的障害や学習障害をふまえて、あるいは、学習者のニーズや関心・経験に沿って、発展的な、あるいは基礎的な内容を教授することが想定されています。

日本の場合は、幼少期から十分な性教育を受けられる教育制度的基盤が成り立っていません。そのためある程度年齢が進んだ後に、想定されている発達段階を下回る性教育を受ける、ということも大いに考えられます。実際、私自身が関わる多くの学生は、『ガイダンス』に掲載されている5~9歳で学ぶはずの内容も十分に学べないまま大人になっています。かくいう私も大学生になってから初めて学んだ内容ばかりでした。

そこで考えたいのが、すでに大人になった私たちにとっての「性教育」です。「大人になってしまったから、もう手遅れ」という思考に立たないのが教育学。そもそも、教育学において、「教育」とは、一生涯にわたってなされる、人間の発達への助成的介入だと定義されることがあります(田嶋一『やさしい教育原理』有斐閣、1997)。ここでいう「発達」とは、人間の成長の内側で質的な転換が起きることであり、教育という営みにおいては、人間を個性的な存在として発達させることを重要視します。

この社会が流動的かつあらゆる発展を遂げていくからこそ、その社会を生きる中で、より良い選択が出来るように、自立していくこと(ともに助けあい、ときに依存しながら生きていくことも含むのが自立です。孤立ではありません)を目指すのが「教育」です。

後編では、包括的性教育の《4つの柱》に着目しながら、私たち大人にとって性を学ぶことの意味とは何か、考えたいと思います。

堀川さんがおすすめする「包括的性教育」参考資料

・ユネスコ編『国際セクシュアリティ教育ガンス【改訂版】――科学的根拠に基づいたアプローチ』(浅井春夫ほか訳、明石書店、2020)本稿でも引用した『ガイダンス』の日本語版です。ユネスコのHPからは、その他の言語版のPDFもダウンロード可能です!

・浅井春夫ほか編著『「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」活用ガイド――包括的性教育を教育・福祉・医療・保健の現場で実践するために』明石書店、2023。『ガイダンス』の内容をかみ砕き自分の「血肉」とするために、複数人で輪読して学びあった成果が1冊にまとめられています。『ガイダンス』の読み方の勉強にもなる1冊です。

・樋上典子ほか『思春期の子どもたちに「性の学び」を届けたい! 実践 包括的性教育』エイデル研究所、2022。東京都の区立中学で教員をしていた樋上典子さんと、一緒に協働して性教育実践づくりをしていた研究者たちがまとめた樋上さんの性教育実践。子ども達の現状からスタートした性の学びは必見です!

・林雄亮ほか 編『若者の性の現在地 ――青少年の性行動全国調査と複合的アプローチから考える』勁草書房、2022。継続的に行われてきた「青少年の性行動全国調査」に基づく実証的な分析を中心に、性的マイノリティへの意識、包括的性教育、歴史的変容など重要な論点を押さえ、複合的な観点から若者の性の実像と課題に迫る1冊です。

・堀川修平『気づく 立ちあがる 育てる――日本の性教育史におけるクィアペダゴジー』エイデル研究所、2022。「科学」の名の下で取りこぼしてきてしまった同性愛者たちと共に、自らが進めてきた性教育実践、そして教育実践者である自分自身を問い直した教師たちにスポットライトを当てた1冊です。「あなたは同性愛者を差別している」と指摘された教師たちは、その指摘をどのように受けとめたのか。自己のもつ「特権」に向き合った教師たちから学ぶことは沢山あります。

・堀川修平『「日本に性教育はなかった」と言う前に――ブームとバッシングのあいだで考える』柏書房、2023。本稿で取り扱った包括的性教育は、現在バッシングにさらされています。そもそも、日本ではこれまでも性教育実践(者)に対するバッシングが繰り返されてきました。誰がバッシングを起こしたのか、どのような思惑でバッシングは起こされたのか。バッシングを理解することで、逆説的に包括的性教育の重要さが分かる。そのような思いで書いた1冊です。

・『季刊セクシュアリティ』エイデル研究所、2001~2024年7月現在で117号刊行されている性教育に関する季刊誌です。この雑誌の特集を見るだけでも、包括的性教育の幅の広さや、実践の蓄積が分かります。

・性を学ぶ『SEXOLOGY幅広く性に関する正確な基礎知識が学べるサイトは少ない状況です。「まずは手っ取り早く正確な知識を」と思っている人に私が勧めるのがこのサイトになります。包括的性教育実践者・研究者が監修に入っているので、安心して推薦できるサイトになります。


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連載:こここスタディ