福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

歌人・岡本真帆さん×西淡路希望の家・金武啓子さん対談。「感動」の発見、どう他者と分かち合いますか? こここインタビュー vol.19

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誰もが発信者となれる今、短歌に注目する人が増えています。Twitterでは一日一題で歌を詠む「うたの日」をはじめ、ハッシュタグで「短歌」「tanka」などと検索すると多くの歌が出るようになりました。ヒット歌集も次々に世に生まれ、20代から30代を中心に自分の気持ちを表現する一つの手段として、新たな広がりを見せ始めています。

「まほぴ」こと、岡本真帆さんは、その中でも特に注目される歌人の一人。会社員として働きながら、SNSでつぶやき出した短歌に共感する人が続出し、一躍人気に。2022年3月に第一歌集『水上バス浅草行き』、2023年2月には『歌集副読本』を出版しました。

ふとした日常の一コマや感情の移ろいを言葉にする岡本さんは、どのように表現を生み出しているのでしょうか。そして、誰かが誰かの「思い」に共感することを、どのように捉えているのでしょうか。

それらを考えるヒントとして、今回ともに訪れたのは、障害のある人の創作活動や日常的な営みを、驚きある雑貨や作品にして世の中に広める生活介護事業所〈西淡路希望の家〉。そこで働く金武啓子さんと対談し、表現の生み出し方や表現の先にあるものについてお話しいただきました。

【写真】小さな丸テーブルを挟んで2人が座っている
左:金武啓子さん。〈西淡路希望の家〉で障害のある方々の創作物を商品に変えたり、施設で生まれるさまざまな表現をアート作品として世に届けたりしている/右:岡本真帆さん。〈株式会社コルク〉でクリエイターのPRを担当する傍ら、歌人としても活動中

自分の気持ちを短歌で、機織りで、表現する

金武

『水上バス浅草行き』、読ませていただきました。

岡本

ありがとうございます。

“かなしいをかなしいと言い少しずつ逃がす出口を通れるうちに”

(『水上バス浅草行き』より)
金武

好きな歌がたくさんあって……でもひとつは、この歌が心に残りました。「かなしい」と言えなくなる前に、ちょっとずつ出しておかないとどん詰まりになるってことですよね。自分が辛かった高校2年生の頃を思い出して、チクッとして。

岡本

「昔の過去の記憶とつながる」とよく感想をいただきます。私は人に喋るほどではない個人的な気づきや日常の出来事を、それでも誰かに共有できるような形にしたい、と短歌にしているので嬉しいです。

【写真】笑顔で話す岡本さん
金武

今日は〈西淡路希望の家〉の創作現場を見学してもらいました。こういう歌を詠まれる岡本さんの目から見て、印象的だったシーンはありますか?

岡本

利用者の吉田真弓さんの、機織りですね。「雪と雨が嫌いだけど、昨日降った雪がきれいだったらしくて、白い糸を使っているんです」と職員さんが話されていて。すごくいいなと思いながら見ていました。

【写真】機織りの前に座る女性。カラフルな布にクロスするように白い糸が入っている
〈西淡路希望の家〉のオリジナル雑貨を主に制作する「クリエイト班」のメンバーとして、機織り作業をする吉田真弓さん。降雪の風景を思い出しながら、一本一本、白糸を織り込んでいく
金武

繊細な人で、いつもと違うことがあると、それを昇華させるために織りで表現するところがあるんです。

岡本

苦手だったり落ち込んだりすると知っていても、「きれいだ」と思ったことで雪を創作物にするって、どういう心境なんでしょう。わずか数センチでも織ったら、ずっと残ってしまうじゃないですか。

金武

ね。どう思ってはるんかな……。でも私たちは、岡本さんのように「しんどいけど織りにしたんやな」ってそのままを受け取れるような、その行為をいいなと感じられる感性を持っておきたいと思っています。

ついつい「しんどいなら無理しなくていいよ」って職員としては言ってしまうんですけど、糸で表現したことで、彼女が変わっていく可能性もありますから。こちらの感性や受け取り方で相手が変わるかもと知っておくと、ただの「利用者と職員」という関係性だけにはならないというか、支援のあり方も広がると思うんですよね。

岡本

私にメガネ占いをしてくれた方、兵頭重美さんも印象深かったですね。「近々いい人に会える」「ラッキーアイテムはカッパえびせん」と言われたので、楽しみです。カッパえびせん、帰りに買おうかな。

〈西淡路希望の家〉の商品を発送する際に同梱する、「ありがとうカード」を制作していた兵頭重美さん。メガネをかけると、レンズ越しに相手の未来が見える!?
金武

兵頭さんは以前体調を崩されて、生活そのものを続けていくことが困難な時期がありました。私たちはとりあえず美術部の活動に誘って、ときに拒否されながらも、クレヨンを握ってもらったときには心のうちを描いてもらったり。だから今、メガネ占いができるなんて夢のようなんです。

岡本

そうなんですね……。職員さんも「兵頭さんの占いは当たるんですよ」って話されていて、その感じもいいなって思いました。

金武

ふふふ。信じてるねん、みんな。全てを拒絶していた兵頭さんが回復して、毎日ニコニコして〈西淡路希望の家〉に来てくれている。兵頭さんも頑張ったし、利用者さんや職員、みんなで回復の手助けをした経緯がありますからね。

【写真】ガラスドアの入り口。白とピンクでイラストがたくさん書かれている

一人の表現を、どう他者と分かち合う?

金武

岡本さんも、ご自身が見たり感じたりしたものから作品を作られているんですよね。どうやって短歌の形にしていくんですか?

岡本

人にこのメッセージを伝えたい、と歌にするタイプの方もいますが、私はあまりそうではなく、もともと短歌を作るのが楽しいからやっているんです。ふとした自分の気づきを、「57577」の器に乗せてみたら、どんな印象の言葉になるんだろう?って。主観と客観を行き来しながら推敲していって、徐々に短歌の形に整えて。ルービックキューブをいじっていたらきれいな揃い方をした……みたいな、偶然性のあるものも多いです。

本の写真
『水上バス浅草行き』(岡本真帆・著、ナナロク社)
金武

メモってとるんですか?

岡本

そうですね。気づいたことをまず書き留めておいて、その対象物に対してミクロからマクロに寄ってみたり、人ではなくモノ側の視点から見たりする。短歌の定型に嵌め込むことを目指して、パズルゲームをする感覚に近いです。

金武

見方を変えていくんですね。利用者さんの織物を巾着にする方が簡単だな……。

岡本

いやいや、私は巾着にできませんから(笑)。

金武

短歌は全部自分で考えないといけないでしょ。岡本さんのこの歌、「平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ」なんて出てこないですよ。でも、言ってみたいです(笑)。

【写真】手前に岡本さんの後ろ姿。向こうに、笑顔の金武さん
岡本

この歌がきっかけになって、2021年夏にTwitterで、「#ごらんよビールこれが夏だよ」をつけてアップするのが流行ったんです。球場やベランダで、昼間から楽しそうにビールを飲んでいる写真が上がっていて。もともとは私一人の感情だったものが、結果的に人と分かち合えたことはすごく幸福なことでした。

金武

本当に。よう言うてくれたわって感じの歌ですよね。

岡本

表現するからには受け取ってほしいな、とは思うので、独りよがりにならない創作を意識しています。それでも短歌は一人で作れますが、今日見させてもらった〈西淡路希望の家〉の商品は、ポーチもカレンダーもブローチも、どれも「一人の力」ではできないものばかりですよね。それが私は面白いなと思っていて。

利用者さんのクリエイティブをどう生かすかが大切で、「商品にできるか・できないか」「どの形にアウトプットするのがいいのか」などを、金武さんたちは繊細にスピード感を持って判断されている印象を受けました。どのように考えられて、今の状態になっているんですか?

金武

本当に感覚というか……閃くんですよ(笑)。刺繍を見た瞬間に「これはポーチ!」「こっちは巾着がいいな」って。

【写真】机の上でプラバンを並べているシーン
さまざまな利用者の方が描かれたイラスト入りプラバンが詰め込まれた、プラバンコレクションシリーズ
【写真】布製の巾着のアップ
利用者さんが刺繍した布をパッチワークにして巾着にした商品。タグの「二使阿輪侍木保宇乃異絵」(にしあわじきぼうのいえ)は、また別の利用者さんにお願いして書いてもらったのだという
岡本

金武さんは美術系の大学のご出身ですよね。今はクリエイティブディレクターのように動いて、〈西淡路希望の家〉として商品を作られてますが、ご自身の作品として世の中に出したい気持ちはないんですか?

金武

それが、全くなくって。大学ではたしかに、自分の思いを表現することを勉強してきました。でも〈西淡路希望の家〉のみんなの作品を見たら、覆されたというか。「私の表現なんて、ちっぽけなもんやわ」ってすごく思ったんです(笑)。だから自分の表現よりも、みんなの表現を世の中に出したい気持ちが今は強いですね。

岡本

そんな心境の変化があったんですね。

金武

なんで学生時代に、こうやって生まれる表現の素晴らしさを教えてくれへんかったんかな?ってくらい、みんなが横に引く線一つとっても感動するんです。たまに「学生時代の作品を見せてほしい」と言われるんですが、絶対に見せません(笑)。

【写真】森の中を描いたように見える絵
福祉施設としての日中の活動以外に、月に3回行われる夕方の「美術部」で描かれた絵。「遠くから見ると立体感がある不思議な作品なんです」と金武さん

「わからなさ」が人の価値観を変える

岡本

利用者のみなさんの活動や作品を見て、私も「自分にとっての創作ってなんだろう?」って考えました。会社員を続けながら、最近は歌人としての仕事も入ってくるようになって、これまでは好きに作っていたものを、依頼をいただいて作ることが増えたんです。

でも利用者のみなさんは、生きることと作ること、表現することが一体となっていますよね。それが商品づくりであっても、喜びから作業されているんだなということが伝わってきて。

【写真】ポーチやポシェットなどのアイテムが畳の上にならんでいる
金武

それは私も感じています。湧き上がってくる衝動が先に来る人もいるけど、他にも職員や家族に褒められたいとか、売れたらお金になるとか、欲しいものがあるとか、それぞれの強い思いがあったうえで作っている。私は大学でただただ楽しい4年間を過ごしただけなので、彼らの思いには毎回驚かされます。それを見ていたら、私には作れへんし、自分の作品なんていらんわってなるんです。

岡本

自分の気持ちをとにかく表現している私からすると、他者の表現を世の中に伝えたい気持ちが強いってすごいことです。今日の見学中、金武さんは「感動したからには、受け取った責任がある」と何度もおっしゃっていましたよね。すごく印象深い発言でした。伝えた先に、金武さんが見たい風景はありますか?

金武

〈西淡路希望の家〉の利用者さんから生まれる表現によって、福祉に対する人の価値観を変えたいんです。それは商品づくりや美術部の活動に限らなくて、例えば野村知広さんは、毎日チラシで箱を作っています。広げたら箱になって立ち上がる、どこにでもあるものですが、その数がすごい。それに、出来たチラシ箱の束を積み重ねると、断面がきれいなんです。それを見た人が「おもろいなー」ってなったら痛快じゃないですか。

【写真】こちらに向いてチラシを見せてくれる男性
取材当日、刺繍に取り組んでいた野村知広さん。活動とは別に、日々折っていた「チラシ箱」に金武さんが気づいたことから、アートとして注目を集めるようになった
【写真】チラシ箱が1つ、その横に同じサイズで小さく畳まれた、長方形のチラシがびっしり詰まったケースがある
野村さんが折っているチラシ箱。さまざまな展覧会で面白さを伝えるうちに、「じゃあチラシ箱のZINEを作ろうか」と一緒に面白がってくれる人も現れた
金武

野村さんは毎日、一生懸命に作っています。その感動を受け取った私は、誰かにバトンを渡さないといけないなって。共感してくれる人が増えたら、ギスギスした世界が何かしら良い方向に変わっていくんじゃないかなって思います。

岡本

なるほど。一方で、「アートって楽しみ方をわかっていないとダメだ」って思っている人はいますよね。チラシの箱にしても、展示されたものをどう楽しめばいいのか、そもそもどうやって作品として飾ればいいのかわからない人は多いんじゃないかなと。

金武

よく聞かれます(笑)。

岡本

でも、私は「わからない」っていうのも一つの楽しみだと思うんです。短歌も似たようなところがあって、捉える人の解釈の数だけ読み方があるんです。それも私は、全部間違いじゃないと思っていて。だから、表現する側の人から、「わからないことをそのまま受け取ってもらえたらいいと思います」って伝えていくのも、私は大切だなと感じています。

金武

実は利用者のみんながやっていることを、職員も全部はわからない。「この人はこう思ってるだろう」とわかったふりをするのはよくないし、支援方法も固まってしまいます。むしろ「どうんなんやろ?」って疑問符を使いながら関わるのが、私は正解なんじゃないかなって思うんです。人なんて、昨日と今日で気分も違いますからね。

【写真】利用者さんが談笑しながら創作しているシーン。背後には壁の棚にたくさんの刺繍糸が見える

世界を変えるためにも、まずは近くに届ける

岡本

考えてみたら、自分でも自分のことってあまりわかってないかもしれません。実際に、歌になる前の感情を自分が理解しきっているかというと、必ずしもそうではないなって。

短歌づくりは個人活動に近くて、私は「誰かに気づきを与えたい」とか「社会を変えなきゃいけない」って気持ちもありません。でも、彫刻家の方がよく「木の中にいる仏像を取り出している」とおっしゃるように、短歌もたぶんどこかに“良い短歌”っていうのがあるんですよね。私はそれに出会うために作っているみたいなところがあります。

金武

まさにビールの歌とか?

岡本

それも大好きで、作ったときに自分でもよくやった!と思いました(笑)。ああいう作った瞬間にわかる歌、自分すらも驚くような短歌を作りたい欲求が、まず個人的にあって。ただせっかくできたなら、できれば周りの人と分かち合いたいと私も思うんです。

金武

素晴らしい。さっき、「人の価値観を変えることで世界を変えたい」って話をしたけれど、福祉施設から生まれるアートや商品って、実は自分のところの職員こそが遠い存在だったりするんです。例えば〈西淡路希望の家〉のカレンダーは最近かなりの数を完売する人気商品ですが、このカレンダーの魅力が職員みんなに伝わっているかなとか。

共感してくれる人を一人でも増やしたいなら、まずは近くにいる人からだなっていう感覚はあります。地道なコミュニケーションからですよね。

岡本

私はTwitterで短歌を発表しているんですが、タイムラインはすぐに流れてしまうこともあって、定期的に自分でリツイートして“再放送”しています。私が「いいな」と思っているんだし、一度見てくれさえしたら、同じことを感じてくれる人はいるだろうなって。

金武

わかります。根拠はないけど、私もみんなと作った商品に自信はありますよ。最初にカレンダーを作ったときも、「見てくれたら伝わる」って思ってた。

【写真】2023年1月のカレンダー。よくみると、4、7、11の3つに、び、という文字型の囲みがされている
毎月異なる利用者による、手描きの数字で構成されたオリジナルカレンダー。 個性豊かで、温かみのある日々の数字や文字が人気を博している
金武

今日はありがとうございました。一つ、せっかくなので岡本さんに、初めての短歌づくりのコツを聞きたいと思っていたんです。実は私ね、歌になると思っているネタがあって……。冬の朝、イヤホンを耳に入れるときに「冷たっ!」ってなるじゃないですか。これ歌にならないですか?

岡本

なりますね。せっかくなので、ぜひ作ってほしいです。

金武

やった!じゃあコツを教えてください(笑)。

岡本

最初はひたすら「57577」に当てはめ続けるところからです。そして、できれば誰かに見てもらうこと。本名で出すのが恥ずかしかったら、ペンネームで発表したらいいんですよ。

金武

そっか。短歌、やってみようかな。

岡本

いつか歌を詠まれるのを楽しみにしています!

【写真】座ったまま談笑する2人

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連載:こここインタビュー