手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。
連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。
最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。
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第32回は沖縄県座間味村でライフガードとして働く、横手 奈都紀(よこて・なつき)さんを訪ねました。
横手 奈都紀【ライフガード】
ーお名前、ご職業は?
横手奈都紀です。手話では「夏」と表現します。今は沖縄県にある座間味村でライフガードをしています。座間味村では「阿真ビーチ」「古座間味ビーチ」「阿嘉島 北浜(にしばま)ビーチ」で監視しており、一般社団法人 沖縄県ライフセービング協会の職員でもあるので、指示があれば本島に出向くこともあります。
―出身地はどこですか。
徳島県です。生まれてからすぐに東京へ引越しして、3歳からは千葉で育ちました。
―今まで通っていた学校はどこですか。
千葉にある筑波大学附属聴覚特別支援学校に通って、小学4年生のとき、地元の小学校へ転校しました。中学生のときは商社マンである父の転勤についていって、ブラジルへ行っていたんです。サンパウロの日本人学校へ3年半通っていました。帰国後、地元の高校に行っていたのですが馴染めず、我慢していました。辛かったです。ろう者のための大学があると聞き、筑波技術短期大学へ進学しました。そこで手話を知り、身につけていきました。
―こどものときの夢は何でしたか。
ううーん。ううん。中学生のときは、通っていたサンパウロの日本人学校の偏差値が高かったということもあり、勉強が得意ではない私にとっては毎日その日を生きることで精一杯でした。なので夢とかは特になかったです。
―これまでの職歴は?
筑波技術短期大学を卒業した後は、大学からの紹介で就職した三井物産の特例子会社の総務部に5年ほど勤めていました。スポーツが大好きで、デフバスケ選手としての活動もしていました。
22歳のとき、友人と遊びに行った宮崎県の海で、ボディボードを見ました。スピンという技に魅入ってしまい、ボートに1回も乗っていないのに「プロのボディボーダーになる!」というインスピレーションが湧いてきたんです。すぐにボディボードを始めました。
26歳で宮崎県へ引っ越しして、日本デフサーフィン連盟(JDSA)が開催してる大会に出まくり、賞を取りました。でも師匠に「デフの大会だけではなく、いろんな大会に出るべき」と言われたんです。その喝が効いて、精神面でも技術面でも強くなろうと覚悟を決めました。それからは一般の大会にも積極的に出場し、賞を取っていきました。応援してくれる人や理解してくれるプロも増え、30歳でプロボディボーダーになり、スポンサーが付きました。
当時はプロボディーボーダーをやりながら、日立プラズマディスプレイ株式会社に勤めていました。採用されたきっかけがちょっと変わってて。知人の推薦でボディボーダーとして24時間テレビのドキュメンタリーに出演して、そのときに「就職において、ろう者だからというだけで、メール審査のところで落とさないで。ちゃんと面接もしてほしい!」と叫んでしまったんです。アホですね、私。でもその叫びを見てくれた日立から連絡があり、5分の面接だけで受かり、そこへ就職することになったんです。
その会社がソーラーフロンティア株式会社に譲渡された後は、再面接してそのまま同じ場所で働き続けることができました。譲渡後も会社は協力的で、1ヶ月半の長期休暇をいただき、ハワイなどでの大会へ出場することもできました。本当にありがたかったです。
―ライフガードとライフセーバーの違いは?
ライフセーバーは、ビーチやプールなどにいて、夏季の2ヶ月ぐらいボランティアで監視しており、学生が多いです。ライフガードは職員として年中働きます。日本では沖縄県ライフセービング協会が全国初です。共に、ライフセービング技術は必要です。
―ライフガードになったきっかけは?
痛ましい水難事故を多く見て……自分も何かできないか、と救命講習を受けたのがきっかけです。まず、夏に1ヶ月半の長期休暇を取り、神奈川県の葉山や和歌山県の白良浜でライフセーバーをしていました。
日本では1年中、海で誰かが泳いでいます。冬もサーフィンをする人がいます。こどもを浜に置いて、大人だけサーフィンをする家族もいるんです……。海と人を守るには、高度なライフセービング技術を持ったライフガードがもっと必要だと思い、監視の技術を身につけることにしました。プロボディボーダーを引退するタイミングがつかめなくて、40歳過ぎでやっとライフガードの仕事をはじめました。
2023年は長期メンバーとして勤め、2024年4月から一般社団法人 沖縄県ライフセービング協会の職員となりました。
―資格取得や監視の現場などで苦労したことはありますか。
手話通訳派遣を依頼していたので、講習はわかりやすく受けることができました。
大変だったのはそのあとです。現場での、メンバーとのコミュニケーションに苦労しました。雑談に加わることができず、寂しく感じたこともあります。でも諦めず、私の方から積極的に話しかけ続けていたら、メンバーから話しかけてもらえることが増えてきました。ライフガード同士はボディランゲージ、筆談、口話でコミュニケーションをとっています。外国人のお客さんとはコミュニケーションボードと身振りが多いです。
JLA(日本ライフセービング協会)の『サーフライフセービング教本』を見てみてください。(教本の写真を指差し)車椅子に乗っているライフガードが写っていますね。「たとえ泳ぐことができなくてもライフセーバーになれる。ライフセービング活動は、身体的ハンディのあるなしに関係なく、今ある機能を生かして、人を救い、守る可能性を否定しない」とも書いてあります。
どんな障害を持っていても救助活動をすることが出来る可能性があるかぎり、ライフセーバーになれます。泳ぐ、海に入るだけでなく、ライフセービングの仕事はいろいろあるのですから。この教本があるから、私は頑張れるんです。
人命救助は大事ですが、その前に必要不可欠な「予防」がライフガードの主な仕事なんです。「予防」することで起こりうる事故を回避し、人命を助ける、その心が大切です。
―ろうのライフガードは他にもいますか?
私だけのようです。ライフセーバーは何人かいるようですが。給与をいただいて生活することができる職業だというイメージがあまりないのが理由の一つだと思います。
ハワイ、オーストラリアでは公務員の職種となっています。沖縄県ライフセービング協会が目指しているのはそれなんです。陸は消防士、海は海上保安、ビーチなどの波打ち際はライフガードという風に、ライフガードは公務員の職種を目指している。海に囲まれている日本だからこそ、学校教育の中にもライフセービングの授業を組み込んでほしい。
―沖縄県ライフセービング協会に就職した理由は?
日本国内でトップクラスのライフセービング技術があり、学べるから。
座間味村で働いているのは募集を見つけて応募したからなんですが、阿嘉島にあるニシバマビーチが一番お気に入りのビーチなので、その近くで暮らせるのはとても嬉しいですね。いつかは沖縄県ライフセービング協会が担当している宮古島や八重山(石垣島)のビーチで働けたら嬉しいです。
―ライフガードの仕事はいかがですか?
チームワークがとても大事ですね。起こりうる事故を見つけた時は、まずチームと情報共有し判断し行動に移します。今年からはチームで水難事故のシミュレーションをすることが増えました。そのたびに言葉の壁を感じ、悩むことがあります。
「このことを伝えるにはどの日本語が合うんだろう」と考える時間がもどかしい。手話でならパッと伝えられるのに。でも、みんなも私に向き合ってくれる。それは本当にありがたいです。「聞こえないから無理」と突き放すことをせず、ちゃんと注意してくれたり、意見交換をしてくれます。
―この仕事で心がけていることや工夫していることは?
とにかくよく見ること。起こりうる事故を予測すること。小さな気付きでもメンバーと共有すること。
大切なのはこの笛。私、声が小さいらしいんです。なので、この笛を使って合図や呼びかけをします。雷雲が来たときは「(感電するから)全員上がれー!」という意味で笛を鳴らしまくりました。
遊泳者の服装や持ち物のチェックを素早くします。身体のサイズに合っていない浮き輪やライフジャケットを見つけたり、親の目の動きと行動を見て、あまりこどもを見ていないな、とチェックして、時には声をかけることもあります。些細なことでも、事故を予防することにつながるように、ひとつひとつ大切にしています。
座間味村の海はすごく透明度が高いんです。海中の美しさに夢中になり、ついつい深く潜ったり遠くへ行ってしまい、水難事故がおこるケースがあります。なので、この島では潜るスキルがとても大切。以前は深呼吸をして気持ちを落ち着けてからでないと、潜ることができないぐらい苦手でしたが、練習を重ね潜るスキルが上がりました。
―ライフガードになってからも複数のスポンサーが応援してくださっているそうですね。
そうなんです。本当にありがたいです。もともとは好きで購入したり、通っていたお店が、私の活動を知ってスポンサーになってくれたり、友人の紹介で縁がつながったり。最近「ホワイトゴリラ」という日焼け止めをいただきました。サンゴを守るために、海に優しい成分でできています。おすすめ!
―5年後の自分は、どうなっていると思いますか?
ライフセービングに関わる資格をたくさん取って、ライフセービングに関心を持つろう者にレクチャーしたい。ろう者の職業の道をひとつ増やしたいです。特にろうのこどもたちに知って欲しい。
沖縄県ライフセービング協会の上司も考えてくれて、2024年5月にろう者向けのライフセービング講習会を開いてくれました。私はアシスタントとしていきました。ろう者ならではの視点、気づき、注目すべきポイント、伸ばせるポイントなどがたくさん見つかりました。
ろう者は、予測力と視野の広さがとても優れています。なのでライフガードに向いていると思うんです。私個人での感覚なのですが、目視で判断することで救助の可能性が広がると感じています。
ろう者は相手の目をよく見ますね。目の様子で酒を飲んでいるなとすぐに気づいたりするので、それが事故の予防につながることもあります。
あとは、水上オートバイ(PWC)を使ったレスキュー法を身につけたいですね。宮崎県の木崎浜海岸でライフガード活動をするのに必要な技術です。PWCレスキュー公認資格のベーシック、アドバンス、指導員の資格を取りたいです。何年かかるかはわかりませんが、取ります!
木崎浜海岸はお気に入りのポイントで、いつか監視したいサーフポイントでもあります。ビギナーから上級者まで入れるし、大きな大会も開催されているところで、サーファーの水難事故もよく起きるんです。
―好きなたべものは何ですか?
座間味村に来る前はグラタンやアジアン料理が好きだったんですけどね、島に来てから食べたいものがガラッと変わったんです。実は、今、すごく食べたいものが、マクドナルド、ミスタードーナツ、コンビニ食!うーん、自分でも驚いています。座間味村にはないんですよ。こないだ遊びにやってきた幼馴染にマクドナルドを持ってきてくれて、びっくりするほど美味しくて最高でした!「やったー!」って。いやー、こんなことってある?んふふふふ。
―最近幸せだと思ったことは何ですか?
ひとりで海辺へ歩いていって、遠くの海のきらめきや星空をただ、ただ、ぼうっと眺めているひとときが幸せ。息が自然にゆっくりと、深くなり、とてもリラックスできるんです。
動画インタビュー(手話)
Information
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