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末川孝浩さん【歯科技工士】 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道 vol.10

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手話を第一言語とする「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。

連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。

最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。(連載全体のステートメントはこちらのページから)

第10回は、熊本県で歯科技工士として働く、末川孝浩さんを訪ねました。

末川孝浩さん【歯科技工士】

【画像】でんたるらぼのなかにたつすえかわたかひろさん

―お名前、年齢、ご職業は?

末川孝浩といいます。年は57歳。歯科技工士です。この仕事を30年以上はやっています。2013年に独立して、「末川デンタルラボ」を開業しました。今年で8年目になります。

―出身地はどこですか。

熊本県。

―今まで通っていた学校はどこですか。

幼稚部から高校までは熊本県立熊本ろう学校へ。そのあとは福岡歯科技工センターに勤めました。そこで先輩から「筋がいい。ちゃんと資格を持っていたほうが良い」と薦められたので退職し、神奈川県の横浜歯科技術専門学校に入学しました。

そこでろう者はぼく1人だけでした。授業についていくのはとても大変で、人の2〜3倍は努力していました。

―末川デンタルラボを開業するまでの経緯を教えてください。

横浜歯科技術専門学校で資格を取ったあと、1987年4月に熊本県熊本市中央区の株式会社九歯研へ入社して、26年間勤務していました。

2013年に会社が倒産したんです。「自分の技術も上がってきて自信もある。信用していただき、贔屓してくださる顧客もいる。今だ」と思って開業しました。

―こどものときの夢は何でしたか。

プロ野球選手でした。勉強より運動のほうが得意だったんです。

―歯科技工士になろうと思ったきっかけは?

最初はHONDAのバイク整備士とか、そういう仕事に就いてみたかったんですが、家族全員から歯科技工士のほうがいいんじゃないか、と強く薦められました。「手先が器用だし、何かを作っているか描いているときの集中力がすごいし。美術系のコンクールで賞をたくさん貰っているし、絶対に合うよ」と言われて、そうかな、不安はあるけどやってみようかな、と歯科技工士の道を進んでみました。

―全国障害者技能競技大会(アビリンピック)歯科技工部門で賞を獲得されているとお聞きしました。

はい、そうです。2002年では銀賞、2004年では金賞。2007年は国際アビリンピックで金賞をとりました。

―歯科技工士はどんな仕事をするのでしょうか。

歯科医院からオーダーを受け、虫歯で欠損したり削らなければならなくなった部分の歯を作っています。金属製の詰め物や被せ物、セラミック製の歯などです。ひとりひとりの要望がきめ細かく違うので神経を使います。歯の色は無限にあるので、差し歯を製作するときは知識ではなく、経験と感覚が必要になることもあります。

年々新しい技術や機械が出てきますので、それらをちゃんと勉強し、習得するために研修会にも参加しています。馴染みの手話通訳者と一緒にです。

ちなみに九州には何人かのろう歯科技工士がいます。その中から有志で「九州ろう歯科技工士会」をやっていて、メンバーは15人ほどです。年に1回、そのメンバーで交流会を開いています。

―末川デンタルラボのメンバーを紹介してください。

パートの技工士は聴者1人、ろう者1人。経理などを担当している妻と、ぼく。この4人で仕事をしています。

今、ここにいる1人の技工士は聴者で、よく来てもらっています。彼女には技工だけではなく、電話応対、病院への配達、オーダーを受け付ける担当もしてもらっています。入社当時は手話をまったく知らなかったのですが、今は不自由なくコミュニケーションをすることができるようになりました。ぼくが直に病院へ行き、オーダーを受け付けるときの通訳もできるようになりました。

何よりも助かるのが、彼女は仕事に関する専門知識を知っているので、指文字や手話でひとつふたつの言葉を表すだけで言いたいことが伝わるということです。

―5年後の自分は、どうなっていると思いますか?

外観の美しさと着用感を重視する、セラミック製差し歯などの保険適用外のオーダーが増えてくると嬉しいですね。保険適用外は高度技術を必要とするのでやりがいがあります。自分はもっと技術が上がっていて、要望以上に応えられるようになっていると思います。

あの、どうしても伝えたいことがふたつあります。いいですか?

実は最近、歯科技工士への志望者がどんどん減ってきています。聴者もろう者もです。資格もとったのに辞めてしまうひともいます。あのですね、歯科技工士って本当に稼げるんですよ。ちゃんと学び続け、技術も磨いていけば収入もしっかり上がっていきます。

―AI(人工知能)やデジタル、機械をうまく使えば、技工士の負担も軽くなりますね。

そうなんです。新しい技術もあるし、デジタルや機械の性能も上がっていますし、労働環境も良くなっていくと思います。ただ、デジタルでできることは増えていますが、仕上げはやはり、人間がやらねばなりません。会社、病院は精巧な目と手を持つ技工士を大切にしてほしい。育ててもらいたいです。

技工士は積極的に腕を磨いて、学び、常にスキルアップを意識してほしいです。そうすればやりがいのある仕事が次々とやってきます。辞めてしまうひとはほとんど、スキルアップに関心を持っていなくて……。ぼくは今でも、新しい技術や情報、研修があると聞けばあちこち飛んでいっています。

これからどんどん高齢者が増えていきますし、歯を美しく見せる意識も高まってきています。需要はたっぷりあるんです! コツコツと製作することが好きなひとに強くおすすめしたい職業です。やればやるほど、仕上がったものは本当に美しいものです。

もうひとつは「8020(ハチマルニイマル)運動」。「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という運動です。歯が20本あれば、いくつになっても楽しく充実した食生活ができ、生きていくことができます。ぜひ、定期的に歯科検診を受けてほしいです。ぼくたちは月に1回は検診を受けています。

―好きなたべものは何ですか?

とんこつラーメン。たくさんあるけど、お気に入りは「黒亭」かな。熊本ラーメン「こむらさき」もおすすめ。

―最近幸せだと思ったことは何ですか?

患者さんから「おかげさまでおいしくご飯が食べられます」「満足です」と感謝を寄せられたことですね。これは何度言われても嬉しいなと思います。もっとスキルアップしようと意欲が湧いてきます。

インタビューの様子や、日常の様子をまとめたこの映像には、音声も字幕もテロップもありません。写真だけではどうしてもわからない、その人の手話の使い方に滲みでてくることばの特徴を感じてもらうためです。
たとえ手話がわからなくても、そのリズムに目をゆだねてみてください。じわりと浸透する何かが、きっとあります。「こういうふうに話す人なんだなあ」と知ってもらった上で、写真を見てもらうと、見え方がまた変わります。

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連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道