福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【画像】 カフェの厨房に立つ尾中さん。ショートカットのヘアスタイルにベージュのベレー帽を被り、CODAと赤い文字がアップリケされたデニム生地のエプロンをしている。【画像】 カフェの厨房に立つ尾中さん。ショートカットのヘアスタイルにベージュのベレー帽を被り、CODAと赤い文字がアップリケされたデニム生地のエプロンをしている。

尾中幸恵さん【カフェオーナー】 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道 vol.22

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手話を第一言語とする「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。

連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。

最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。(連載全体のステートメントはこちらのページから)

第22回は滋賀県大津市のカフェオーナー、尾中幸恵(おなかさちえ)さんを訪ねました。

尾中幸恵さん【カフェオーナー】

【画像】 喫茶店の厨房に立つ尾中さん。ショートカットのヘアスタイルにベージュのベレー帽を被り、CODAと赤い文字がアップリケされたデニム生地のエプロンをしている。

ーお名前、年齢、ご職業は?

尾中幸恵と申します。よろしくお願いします。さて、何歳に見えます? ふふふ。59歳になったばかりです。職業はね、まずここ、「コーヒーハウス CODA」の経営と調理を担当しています。ここは夜、手話バーになります。手話講師、カラーセラピストもやっています。

―出身地はどこですか。

どこに見えます? ヒントは県外。うふふ。兵庫県生まれです。

―今まで通っていた学校はどこですか。

幼稚部から中学部までは兵庫県立豊岡ろう学校(※注1)。高等部は兵庫県立姫路ろう学校(※注2)。そして姫路市内の調理師専門学校へ1年間通っていました。

※注1:現在の校名は「兵庫県立豊岡聴覚特別支援学校」。(平成19年4月1日変更)

※注2:現在の校名は「姫路聴覚特別支援学校」。(平成19年4月1日変更)

―こどものときの夢は何でしたか

保母さんになりたいなと思っていました。今では保育士っていいますね。高校3年生のときの進路相談で、当時の人気職業が保母さんだということを知りました。保母の資格を取ったとしても競争率が高く、就職することは難しいだろうと聞いて……。それに保育園には聞こえる子ばかり。コミュニケーションできるのか。ケガしたときにすぐ気づくことはできるのか。電話ができないから救急車をすぐに呼べない……。命に関わる……。と、保母さんになる夢を一旦しまっておきました。

私の実家は農家で、主に丹波黒豆を育てています。その農作業や下ごしらえを手伝ったりしていたら、母が「料理の仕事が合うと思う」と言ってくれたんです。確かにわたしは料理が好きでしたが仕事にする、とまでは考えていませんでした。

姫路市内の調理師専門学校にたまたま、難聴の先輩がいて、その経験談を聞くことができ、調理師もいいね、と思って調理師専門学校に入りました。

ーこれまでの職歴は?

調理師専門学校を出たあとは調理に関わるところへ入りたかったのですが、コミュニケーションがとれないから、という理由ですべて断られました。仕方がなく、ハローワークへ行って就職活動をして、和文タイピスト(※注3)として銀行へ就職することができました。秘書室でカタカタとタイプライターを打っていました。結婚するタイミングで退職し、24歳前に滋賀県へ越してきたんです。それから3人の子を育ててきました。

※注3:和文(日本語の文章)を活字体で打ち出すことができる機械「和文タイプライター」を操作する専門職。東京商工会議所などがタイピストの技能検定試験を実施していた。

ー「コーヒーハウス CODA」を開店したきっかけは?

前々からカフェがやりたいと思っていたんです。主人の父が「行きつけのカフェのオーナーが後継を探している」と教えてくれて、すぐに駆けつけました。迷いはありませんでした。目の前には大津駅があるし、いろいろと条件がよく、とてもよい立地で、パッと掴み取りました! 開店してから15年になります。開店したとき、私は44歳でした。これまでの経験や資格がやっと活かせる! と喜びましたね。

ーいくつかの資格をお持ちだと聞きました。

いつか役に立つかなと思って、育児中にカラーセラピスト、カラーコーディネーター、パーソナルカラーアナリスト、ハーブコーディネーターの資格を取りました。このお店で販売しているハーブティーパックは私がつくりました。全部自宅の畑で育てたハーブです。30種類はあります。チーズソムリエ、ワインコンシェルジュ、ソムリエインストラクターの資格も持っています。

ー今、夢中になっていることは?

ケーキづくりとワインです。毎日違うケーキを作って研究しています。それでね、ワインが本当に面白くて、もっともっと極めたいんです。今日もこの後、セミナーへ行くんですよ。手話通訳者も手配しています。手話通訳者への謝礼は日本ソムリエ協会が負担してくださっています。

私のようにワインのことを知りたいというろう者はたくさんいる。でも通訳費や手配などが負担になってしまうため、ほとんどの人は諦めてしまうんです。私ががっつり勉強して、知識などをみんなに伝えられたらと思ってセミナーに通っています。夜にここで予約制のワイン講座、試飲会、研究会などを開いて、みんなで楽しんでいます。

―5年後の自分は、どうなっていると思いますか?

5年後というか、今の話でもいいですか? 実は近々、このお店を誰かに譲ろうとしているんです。来週、候補者のひとりが研修しに来ます。そして自宅のほうで聴導犬と一緒に、民宿やカフェを開きたいんです。自宅がある地域は湖もあり、とてもいい環境なのでそれを活かしたくて。

聴導犬になる犬、もういるんですよ。今、足元にいる子。訓練中です。民宿やカフェを開いたときに戦力になってくれると思って。

―好きなたべものは何ですか?

イタリア料理とチーズ。そのワインに合わせてチーズを選び、いただくのがとても楽しいんです。

―最近幸せだと思ったことは何ですか?

一生懸命作った料理に「美味しい!」と言ってくれたとき。「このお店へ来てよかった」「美味しかった」の言葉がもう嬉しいですね。パワー満タンになります!

動画インタビュー(手話)

インタビューの様子や、日常の様子をまとめたこの映像には、音声も字幕もテロップもありません。写真だけではどうしてもわからない、その人の手話の使い方に滲みでてくることばの特徴を感じてもらうためです。
たとえ手話がわからなくても、そのリズムに目をゆだねてみてください。じわりと浸透する何かが、きっとあります。「こういうふうに話す人なんだなあ」と知ってもらった上で、写真を見てもらうと、見え方がまた変わります。

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連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道