手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。
連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。
最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。(連載全体のステートメントはこちらのページから)
第30回は東京都内の各店舗で自転車販売員として働く、鮎澤加奈子(あゆざわ・かなこ)さんを訪ねました。
鮎澤加奈子さん【自転車販売員】
―お名前、年齢、ご職業は?
私の名前は鮎澤加奈子です。よろしくお願いします。自転車販売店『サイクルスポット』で接客販売したり、販売する自転車のコンディションをチェックしたり、修理する仕事をしています。40歳です。
―出身地はどこですか。
北海道帯広市です。
―今まで通っていた学校はどこですか。
北海道帯広ろう学校の幼稚部に通い、小学校からは近所の学校へ行っていました。
―こどものときの夢は何でしたか。
特にありませんでした。
―これまでの職歴は?
高校を卒業した後はアルバイトしたり、契約社員もしたり、お菓子の工場でも働いたこともあります。でも、ただ、仕事をするだけ、だったんです。
ずっとこのまま暮らしていくのかなと思ったんですが、自転車に出会っちゃったんですよ。楽しくて、1人でもできるスポーツで、どこにでも行ける。気がついたら沼にスルッとハマっちゃいました。自転車に関わる仕事がしたい! と決心して、8年前に東京へ来て、『サイクルスポット』に入社しました。
―自転車にハマったきっかけは?
私の趣味って旅行だけ? うーん? 何か運動もしたいな。身体がリラックスするようなスポーツ。ダイエットもしたいな、健康にもいいよね、と思っていたときにとある漫画に出会いました。『並木橋通りアオバ自転車店』(※注1)。いろんな自転車を解説するシーンがあります。早く走るための自転車だけではなく、ママチャリ、電動アシスト自転車、折り畳むタイプなども紹介されています。どの自転車にも魅力的だなと感じました。
それで自転車のイベントに参加したんですが、40kmぐらい走ったところでもう疲れちゃって。他の人は100km、160kmぐらい余裕で走っていたんです。すごい、なぜそんなに走れるの!?と不思議に思いました。
ハンドルがまっすぐなマウンテンバイクや、ハンドルがすごく曲がっているロードバイクもあって、見ているだけでも楽しくて。調べるうちにだんだんハマっちゃったんです。大好きな自転車に関わる仕事がしたい!と強く思いました。
今、うちには10台ぐらいの自転車があります。自宅というか、倉庫になっちゃっています。
大体は自分で修理できるのですが、繊細なところは自転車整備士の資格を持った聞こえるひとにお願いしています。音で判断するポイントもあるからです。
※注1:『並木橋通りアオバ自転車店』作・宮尾岳、少年画報社、全20巻
―『サイクルスポット』に就職した理由は?
自転車整備士の資格が取れるかなと思ったからです。それに本社の社員にろう者がいたので、私も雇ってくれるかなと思い、申し込んでみました。そしたら上司に北海道出身のひとがいて、「北海道からなぜ東京へ?」と興味を持ってくれました。「電話は取らなくても良い。他の仕事を頑張ってみてください」と言われました。
面接に受かり、2016年12月に東京へ来て、2年ぐらい学び、自転車整備士の資格を取ることができました。大阪や名古屋とかも検討していたんですが、帯広への飛行機があるから東京にしたんです。いつでも飛んでいけるように。
―自転車販売員の仕事はどうですか?
接客の経験はゼロでしたが、仕事中に時間を見つけ、他の店員に「今のはどうやって?」「こういうときはどういうふうに聞けばいいんでしょうか」と積極的に質問していました。失敗することもありましたが、経験を重ね、お客様によって伝え方を使い分けることなどを身につけていきました。
筆談に快く応えてくれるひともいれば、「早くして!」と言われることもあります。そういうときは他の店員に代わってもらいます。「時間をかけてもいいのでこの自転車の隅から隅まで見てください」というお客様もいました。
『サイクルスポット』はあちこちに店舗があり、何年かごとに異動があるんです。私も以前は東京都立川市にある店舗に勤めていました。基本的に個人の希望は通らないのですが、私の場合は2025年に日本で開催されるデフリンピックMTB女子代表に選出されるためのレースに出られるように、期間限定の特別な休日配慮をしていただける店舗に配属していただきました。ここなら定休日がないので、自分の都合に合わせたシフト勤務ができるんです。他の店員とのシフト調整も必要ですが、ありがたいことに快く協力していただいています。
地域性があって、それぞれの店舗に特徴があるのが面白いんです。おじいちゃんおばあちゃんが多いところはのんびりした雰囲気があり、接客もゆっくりとしていたり。学生が多いところはすこしバタバタした雰囲気があるかも。「お金がないから高い修理はちょっとできない」「親に確認するからちょっと待ってもらえますか」とか。
―この仕事で心がけていることや工夫していることは?
聞こえないからできません、ではなく「どうやったらできるか」を心がけています。
自分でできることは自分で責任を持ってやって、これは自分の技術では無理かなと思ったら素直に店長や他の店員に頼ったりしています。みなさんが安全に自転車に乗れるようにチェックをしています。いつでもお客様第一に考えています。言われてから動くのではなく、自分から積極的に仕事を見つけ、動くようにしています。接客もです。
基本的にお客様の口を見て、話していることを読み取っています。最近はマスクをされている方が多いので、外してもらうことはできますか、とお願いすることがあります。または筆談でやりとりしていただいています。
この「耳が聞こえません」お知らせマーク缶バッジ、犬の絵が入っているものに変えたら好評で、お客様から声をかけていただくことが増えました。エピリリという通販サイトで購入したものです。
―5年後の自分は、どうなっていると思いますか?
この仕事をこのまま続けていけたらいいなと思っています。そしてデフリンピックのマウンテンバイク競技選手として選ばれるように練習を重ねていき、自転車競技の選手として頑張っていきたいです。
―好きなたべものは何ですか?
お母さんの作る茶碗蒸しが大好きです。甘い栗の甘露煮、しいたけ、蓮根、里芋が入っていてね、実家に帰るときに必ずリクエストして、どんぶりで作ってもらっています。うふ、どんぶり。すごく美味しいんです。もともとはおばあちゃんの味なんです。
―最近幸せだと思ったことは何ですか?
憧れのマウンテンバイクブランド『YETI』の27.5インチバイクを代理店さんの好意で一台所有できたことです。
そのバイクで練習したおかげで、クロスカントリーレースで1番難しい菖蒲谷森林公園のコースを完走できたんです!
とても怖く難しいコースでも、段階を踏んで練習すれば、出来る。他の誰よりも出来るようになるのが遅かったんですが、諦めずに続けてきて良かったです。自信もつきました。
動画インタビュー(手話)
Profile
この記事の連載Series
連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道
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