福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【画像】小茂根福祉園の屋上で、たかださんとおおにしさんが向き合って立っている【画像】小茂根福祉園の屋上で、たかださんとおおにしさんが向き合って立っている

アートプロジェクトは福祉の現場で何を生み出す? ―小茂根福祉園とダンサー・大西健太郎さんが過ごした6年間[前編] こここインタビュー vol.06

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「アーティストと私たち小茂根福祉園で、どんな関わりが育めるんだろう?」

戸惑いを抱きながらも、アーティストを迎え入れ、6年という時間をかけて関係を築き、ともに表現を生み出していった福祉施設があります。

場所は東京都板橋区、知的障害のある人たちが通う〈板橋区立小茂根福祉園〉。穏やかな住宅街の中に建つ同園では、就労継続支援B型事業(定員30人)や生活介護事業(定員40人)の利用者、スタッフが日々を過ごしています。この場所に、ダンサーの大西健太郎さんは2016年から足を運び、交流を重ねてきました。そうして《風くらげ》《みーらいらい》《「お」ダンス》《こもね座》といった表現活動が次々と生まれていきます。

〈小茂根福祉園〉と大西さんを引き合わせ、その交流を支えてきたのは、アートプロジェクト「TURN」。“違い”を超えた出会いで表現を生み出すことを目指し、2015年からこれまでに約80名のアーティスト、約60の施設や団体が参加してきました。

福祉施設で過ごす人々と、アーティストが出会うことで何が生まれるのか。福祉とアートが育もうとしていることには重なる点があるのか。「TURN交流プログラム」からはじまった「TURN LAND」のひとつ、〈小茂根福祉園〉でのプロジェクトについて、同園生活支援員・高田紀子さんとダンサー・大西健太郎さんに対談していただきました。

「アートはよくわからない。でもそれでやめることはない。やってみよう。小茂根福祉園の支援スタッフには『知りたい』という気持ちがあるんです」と語る高田さんと、福祉の現場に初めて訪れ「わからないからこその怖さもあった」と語る大西さん。やがて深まっていく関係の源には、いろいろな人が「合いの手」を入れるような、コミュニケーションがあったようです。

【画像】板橋区立小茂根福祉園の外観
〈板橋区立小茂根福祉園〉

「TURN」とは

“違い”を超えた出会いで表現を生み出すアートプロジェクト。障害の有無、世代、性、国籍、住環境などの背景や習慣の違いを超えた多様な人々の出会いによる相互作用を、表現として生み出すアートプロジェクトの総称。アーティストが、福祉施設や社会的支援を必要とする人のコミュニティへ赴き、出会いと共働活動を重ねる「TURN交流プログラム」と、TURNの活動が日常的に実践される場を地域につくり出す「TURN LAND」を基本に据え、「TURNミーティング」と「TURNフェス」の開催によって広くその意義を発信している。さらに、伝えるメディアとして「TURNジャーナル」を刊行している。
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、特定非営利活動法人Art’s Embrace、国立大学法人東京芸術大学
公式サイト:https://turn-project.com


小茂根福祉園 生活支援員・高田紀子さん:就労継続支援B型サービス所属、サービス管理責任者。小茂根福祉園表現活動推進委員。「TURN」では小茂根福祉園側の実行リーダーとして積極的に活動に参加している。
ダンサー/パフォーマンス アーティスト・大西健太郎さん:東京・谷中界隈を活動拠点とし、まちなかでのダンス・パフォーマンスシリーズ「風」を展開。こども創作教室「ぐるぐるミックス」統括ディレクター。2016年より、小茂根福祉園と交流を重ねてきた。

「よくわからない」から始まった、福祉施設とアーティストの関係

――「TURN」は主催者側がアーティストと施設をコーディネートするところに特徴がありますよね。「TURN」への参加の誘いの話があったとき、どんな印象を抱きましたか?

小茂根福祉園・高田紀子(以下、高田) 2015年の秋、知人の紹介でコーディネーターの奥山理子さん(※当時)と参加アーティストの富塚絵美さんが来てくださって。工藤前園長と一緒に「TURN」の説明を一生懸命聞いていたけれど、正直、最初はよくわからなかったですね。

アーティストの方にお会いしたこともなかったですし、あらためて「表現」ってどういうことなのか、アートプロジェクトや交流プログラムってどんなことをするのか想像ができませんでした。

――大西さんは、富塚さんのワークショップを手伝った翌年の、2016年から一人で参加することになったと聞きました。

アーティスト・大西健太郎(以下、大西) ええ。私自身は、福祉施設に伺うのが、そのとき初めてだったんです。だから、富塚さんのワークショップをお手伝いしながらも所在なくフラフラしていたら、持っていたアルミホイルを通りがかりの利用者さんに突然、手で落とされて。それが「あなた誰なの?」「いつもの小茂根とあなたの空気が違うよ」といった感情を含む行動なんじゃないかって気がして、あまり上手にその場に居られなかった気がしていました。

その出来事の印象が強かったので、「TURN交流プログラム」の参加アーティストとして一人で行くことが決まったときには、緊張感がありました。わからないからこその怖さと期待が混在している感じ。アーティストとしては、どうやって交流をはじめたらいいのか手立てがないまま足を踏み入れたというのが正直なところです。

高田 大西さんは、明るい富塚さんの脇で寡黙な存在でした。私自身には、「アーティスト=お洒落でクールな人」という思いこみがあったので(笑)、そんなふうに緊張されていたとは気づかなかったですよ。

――高田さんはじめ、小茂根福祉園の皆さんが、戸惑いがありながらもアーティストとの交流活動を受け入れたのはなぜですか?

高田 まず第一に、小茂根福祉園の名前を知ってもらうきっかけになったり、利用者さんの活動が広がったりする機会になるのであればいいな、と考えたんです。

それと、私個人としては、障害者福祉について詳しくない方が小茂根福祉園にいらっしゃったら「その人の明日からの生活を少し変えたい」と常々思っていて。たとえば、今日小茂根に来て、明日仕事にいくときに障害のある人とすれ違ったりしたとする。そのとき、いつもは遠くから見ていたけれど、ちょっと近く感じるみたいな。そんな1歩が10歩、20歩と増えていって、障害のある人への理解や社会を変えることにつながっていってほしい。

そもそもそれが「KOMONEST」というものづくりの活動を進めてきた理由でもあるので、「TURN」に参加するという新たな展開には、ワクワクもしていたんです。実際、大西さんがいろいろな人を連れて来てくださり、その度に利用者さんが新しい人に出会う数が増えていくのも嬉しかったです。

「こここなイッピン」コーナーでも紹介した小茂根福祉園のブランド〈KOMONEST〉。写真は、生地に直接手で描いてつくられた「みんなのエプロン」。(撮影:高倉 夢)

合いの手が入り、盛り上がる「ミーティング」にヒントを得た

――最初はどのように交流が始まったのですか?

高田 やはり利用者さんのことを知ってもらいたかったので「一緒に作業に入ってください」とお願いしました。袋詰めや箱詰めをするような軽作業です。

大西 初期は毎週のように小茂根福祉園に通って、昼食を一緒に食べてみたり、利用者さんがしている仕事をちょっと真似してみたりしていました。その中で一番印象に残っているのがミーティングでした。

始まりのミーティングでは、今日1日どんな仕事をするか就労スケジュールをホワイトボードに貼り出して、午前中の最初の時間と昼食後の最初の時間にフォーメーションをつくるんです。そして仕事の後、終わりのミーティングでは今日どんなことをしたか、何ができたかといったことを発表する時間がある。その時間がすごく興味深い。

スタッフさんが楽しく司会をして、利用者さんがステージのように発表する場をつくっていて、即興演劇のようで楽しかったんです。人によって発表の仕方も違うし、一人ずつ「芸」があるんですね。そこまで含めて今日やれたこととして毎日表に出している感じがすごく生き生きとしていて。小茂根福祉園らしい日常風景や皆さんの人柄に触れて、訪問2、3回目から園の空気というか、その魅力にハマり出しました。

高田 担当するスタッフによってノリがそれぞれ違っていて、利用者さんのリアクションもまた面白いんです。お決まりの流れがあったり、みんなでわざと転んだり。淡々と話す人もいれば、よく喋る人もいる。

大西 それを見て、「掛け合いが飛び交う」ということを最初の活動テーマにしたんです。一人の人が一方的に何かを発しているのではなく、お決まりの「合いの手」があったりして、それが最初のとっかかりになりました。1対1にならず、いろいろな人たちの会話がぐるぐる円を描くようにコミュニケーションをしている、それが時間をかけて育まれてきた小茂根福祉園の「文化」みたいなもので、すごく魅力的だなと。

会話が投げ交わされるリズムや間合いが音楽的で、私が専門とするダンスにも通じるなと思ったんです。日々積み重ねられた安定感があって、クオリティが高いから、一人のパフォーマーとして自分もあの輪に入りたいなと。

それで、ようやく一歩立ち止まって、最初にやってみた活動が、暗闇の中で写真を撮る《風くらげ》です。利用者さんに反射する素材でできた衣装を選んでもらって、思い思いに身につけてもらい、「暗い中で動きの軌跡が光になって写真に映るんです」と説明して。

高田 フラッシュが焚かれる照明があって、フォトグラファーがいて、ポーズをとるんですよね。その状況で表現するのは難しいかなと当初は心配したんですが、予想は見事に覆されましたね。思いのほか皆さん動いて、解放されたようで、そういう活動に参加するのが苦手なんじゃないかなと思っていた意外な人がすごく動いていたのでびっくりしました。

《風くらげ》の作品撮影をしている様子。暗い部屋で反射する素材を見に付け、光に身体をかざすことで、反射した残像がフィルムに映り込む(撮影:野口翔平)
《風くらげ》は「TURNフェス2」(2017年3月3日〜5日、東京都美術館にて開催)で展示された。(撮影:冨田了平)
「大きなパネルで写真が展示されたのでご本人も親御さんも喜んでいました。美術館でこうやって見れるなんて、TURNがなかったらできないことだったので感激したのを覚えています」(高田さん)

小茂根福祉園の支援スタッフには「知りたい」という気持ちがある

大西 その次に、施設の中で完結せずに、そのやりとりや空気感丸ごと外に持ち出してみようと思ってやってみたのが《みーらいらい》です。光る素材で人の型をとり、それを持って練り歩く。

TURNも小茂根福祉園も目指している、施設や活動を地域にひらくという目標につながるんじゃないかなと。園を知る人も、そうでない人も、通りがかりの人にも出会う可能性のある「路上」に出ていくつもりで考えました。

高田 確かにTURN LANDのコンセプトである、地域に理解してもらうとか外に出ていくとか、小茂根福祉園の方針とは重なっていたのですが、「アートはわからない」という気持ちがまだ私にも皆にもあって。アイテムを持って外に行くとなると急に「壁」を感じることはありました。

だからってそれでやめることはない、やってみよう、やってみないとわからないよと。2017年3月の終わりの、桜のいい季節でした。

利用者とスタッフとともに、つくったアイテムを持って散歩した《みーらいらい》。(撮影:野口翔平)

大西 「わからない」でも「チャレンジしてみよう」となれたのは、何か魅力的だとか可能性の予感があるから、やってみようと思えるんですかね? 

高田 そうだと思います。小茂根福祉園で支援スタッフをしている人たちには「知りたい」という気持ちがあります。「アセスメント(※注)」と呼ぶんですが、常に情報を収集することが大切で、未知のものに興味、関心を高くもつ人が多いというか。あとは単純に、人がよい人も多いので「やりたい!」と言われたら断れないというのもあるかも(笑)。

※注:「アセスメント」とは、相談援助の展開過程の一つ。社会福祉サービスを必要とする人に援助を行うと決まった後、計画を立てる上で必要とされる情報を収集し、分析すること。その内容は「利用者のニーズ・アセスメント」と「利用者が活用できる社会資源アセスメント」の2つに大別できる。(参考文献:『イラストでみる 社会福祉用語事典 第2版』)

あと、私たちスタッフが物事に壁をつくってしまうと、利用者さんのチャンスがなくなって幅も狭くなってしまう。施設によっては安全を優先する場面もありますが、だからこそその逆で「これもやってみていいんじゃない?」と工藤前園長が言うんですね。そうした前向きに考えてくださるトップの影響も大きいと思います。

公園へ出かけていった先での出来事。活動は社会にひらかないと意味がない

――《みーらいらい》で制作や散歩をしてみて、利用者さんや地域の方の反応はどうでしたか?

大西 形をつくるために体をなぞるとき、ちょっと手が当たったり、体の向きを変えたりするから、みんな笑うんです。なんで笑っているのかわからなくとも、心が動いていて反応が現れていることはわかる。少しずつ手応えを感じてきました。

高田 生活介護を利用している人たちもできあがったアイテムを車椅子につけたりしましたね。みんなでアイテムを持ったりつけたりしてお散歩できて、アイテムは反射してキラキラするし楽しかったと思います。「これ私の」って言って見せている人もいたり。

大西 キラキラしたアイテムは、小さな子どもも反応しやすいので、利用者さんたちが子どもと出くわした時にどんな反応になるかなと楽しみにしながら公園に行ってみたんです。

でも、ひとりの小さな子どもがわたしたちのところに来た時に、その子のお母さんが「だめよ」と止めたことがあって(抱きとめて引き寄せるようなジャスチャー)。お母さんからしたら「近づいてはいけないもの」と映ったのかもしれません。自分たちは楽しく和気あいあいとしていたけど、外から見ると理解できないものに見えている。自分たちの活動を「路上」に持ち出すからには、自分たちが魅力的だと思っていることを開き続けなければいけないと思った。TURNでの交流を続けていくならば、時には道端で褒められ、また時にはけなされることだって当然あるはず。覚悟してやろうと思ったんです。

アート活動を、家族や関係者に理解してもらうための工夫

大西 でも小茂根での活動って「もの」がないので、説明が難しいと思うし、成果をはかるのも難しいですよね。「活動の中で利用者さんの意外な一面が見えた」と言っても、それを親御さんに共有したりするのも難しい。でも、利用者さんのわずかな変化、チャンネルが切り替わるような瞬間を察知することが、福祉の場で働く方々がもつ特徴的な能力だと思うんです。スタッフさんたちが見せてくれた「利用者さんにスポットを当てる力」に可能性を感じました。

高田 確かにどんな活動か、私からまず施設長に、それからスタッフに伝えるんですけど、あるスタッフから「連絡ノートに書けない、難しい」と言われたことがありますね。「今日はTURNしました」としか書きようがない(笑)。と、同時に、親御さんに向けて、活動を紹介する機会もなるべく作りました。小茂根福祉園のお祭りやイベント、TURNフェスの期間は、なるべく利用者やご家族の皆さんで会場に伺うようにしました。あとは大西さんの人柄があったので大丈夫。

大西 いえいえ(笑)。現場に足を運んでもらうことが私も最良の手段だと思います。

高田 TURNの運営チームの皆さんには、小茂根福祉園の名前がわかるようにしっかりクレジットしていただいたり、利用者さんの顔写真を展示に入れていただいたりしました。子どもが出ているからと家族が東京都美術館まで来てくれて、また次の活動につながるんですよ。みんな「何日目に行く?」「誰と行く?」と楽しみにされていました。

「TURNフェス3」(2017年)での小茂根福祉園のメンバーの様子。(撮影:伊藤友二)
会場である東京都美術館へ、利用者やその家族もたくさん訪れた。

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連載:こここインタビュー