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佐野安弘さん【精肉店】 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道 vol.36

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手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。

連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。

最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。

(連載全体のステートメントはこちらのページから)

第36回は東京都葛飾区で精肉店を営む、佐野安弘(さの・やすひろ)さんを訪ねました。

佐野安弘さん【精肉店】

ーお名前、ご職業、年齢は?

佐野安弘と申します。精肉店をやっています。66歳です。

ー出身地はどこですか。

東京都葛飾区生まれです。でも江戸っ子ではないんですよ。母が山梨県出身、父が千葉県出身なので。

ー今まで通っていた学校はどこですか。

幼稚部からずっと筑波大学附属ろう学校(※)へ通い、調理師免許をとるために専門学校へ行きました。

※現在は「筑波大学附属聴覚特別支援学校」と改称

ーこどものときの夢は何でしたか。

笑われるかもしれませんが、野球選手、プロレスラーになりたいと思っていました。

ーこれまでの職歴は?

調理師専門学校を卒業してすぐにこの店を継ぎました。両親に店を継いで欲しい、と頼まれたからです。弟はすぐに断っちゃって。私も最初は渋々やっていましたが、慣れちゃって、いつの間にか面白い、楽しいと思うようになりました。でも最初は毎日、父や従兄弟に怒られっぱなしでしたね……。

ーこのお店のはじまりは?

昭和の初めに、祖父が日本橋で開業しました。戦争で全部燃えてなくなったので山梨県でしばらく過ごし、昭和35年にここ、葛飾区立石町で改めて店を構えたんです。父が継ぎ、昭和54年に私が引き継ぎました。

ー精肉店の一日を教えてください。

朝8時に開店して、用意した肉をショーケースに入れていきます。でも午前中は来客があまりないので、翌日の仕込みや注文の分をさばいたりしています。午後12時半から2時まで休憩。3時ごろにお客様がぼちぼち増えてきます。7時に片付けて、掃除。夜9時に仕事が終わります。

掃除は丁寧に時間をかけてやります。保健所が厳しいのもあるのですが、お客様第一に考えて、綺麗にしています。

ーこの仕事で大事にしていることは?

特に衛生面を大事にしています。寒くなってきても油断しないで、肉をちゃんと冷蔵庫に入れる。ちゃんと火を通したほうがいい、ということをお客様に伝えています。プリントにも書いて、レジカウンターに置いてあります。カンピロバクター菌、O157などヒトの体内で食中毒を引き起こす細菌はしっかり加熱すれば感染を防げますが本当に怖いです。

大型スーパーマーケットも増えてきて便利になりましたが、精肉店ならではのメリットもあるんです。肉を好みの厚さに切ってくれること。好きなグラム数で買えること。新鮮な揚げ物も買えます。

お客様が直接「ありがとう」と言ってくれるので、やりがいがあります。最近はいつも来てくださるお客様が高齢になり、亡くなられた方もいて、寂しくなってきました。でも手話を覚えてくれるお客様が増えてきましたね。嬉しいです。手を合わせておしぎするだけでも気持ちがとても伝わります。

ー5年後の自分は、どうなっていると思いますか?

法改正(※)があって、冷蔵庫やショーケースなどの設備を変えなければならないんです。今使っているのはフロンガス付きの冷蔵庫。これをノンフロンガスの冷蔵庫に買い替えなきゃいけないんですが、その資金がないので、やむなく閉業することも考えています。自分ももう年を取りましたし、潮時なのかな。今回の法改正はきびしいです。

身体はまだまだ動くし、手を使った仕事をしたいですね。調理師免許もあるのですが、職場でのコミュニケーション……どうなるんでしょうね。こんな私でも歓迎してくれる職場があれば嬉しいんですが。

※フロン排出抑制法。詳細は環境省「フロン排出抑制法ポータルサイト」へ

ー好きなたべものは何ですか?

炊き込みご飯、肉じゃがなどの和食です。実は、周りで食生活の影響で糖尿病になってしまった人が増えてきたので、怖くなり、洋食をひかえるようになりました。カロリーが高く、塩分も多いラーメンよりもお蕎麦がおすすめです。腹持ちもいいし、美味しい。

ー最近幸せだと思ったことは何ですか?

近所の小学校のこどもたちから感謝状をもらったことです。とっても嬉しかったです。私はいろんな人から助けられてきました。このまま何もしないでいるとバチが当たるでしょう。だから何か恩返しをしたいと思って地元の小学生たちの見守り活動をしました。そしたらみんなが感謝状を持って、手話で「ありがとう」と言いにきてくれたんです。

動画インタビュー(手話)

インタビューの様子や、日常の様子をまとめたこの映像には、音声も字幕もテロップもありません。写真だけではどうしてもわからない、その人の手話の使い方に滲みでてくることばの特徴を感じてもらうためです。たとえ手話がわからなくても、そのリズムに目をゆだねてみてください。じわりと浸透する何かが、きっとあります。「こういうふうに話す人なんだなあ」と知ってもらった上で、写真を見てもらうと、見え方がまた変わります。

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連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道