福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】海の上に浮かぶ船に立つ山下さん。黒いウェットスーツの上下を着て、両手を身体の横に下げる形で正面を見つめている。船の上にはタモやバケツ、空気ボンベなどの道具が並んでいる。【写真】海の上に浮かぶ船に立つ山下さん。黒いウェットスーツの上下を着て、両手を身体の横に下げる形で正面を見つめている。船の上にはタモやバケツ、空気ボンベなどの道具が並んでいる。

山下浩一さん【漁師】 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道 vol.41

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手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。

連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。

最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。

(連載全体のステートメントはこちらのページから)

第41回は鹿児島県奄美大島(あまみおおしま)で漁師として働く山下 浩一(やました・ひろかず)さんを訪ねました。

山下浩一さん【漁師】

【写真】海の上に浮かぶ船に立つ山下さん。黒いウェットスーツの上下を着て、両手を身体の横に下げる形で正面を見つめている。船の上にはタモやバケツ、空気ボンベなどの道具が並んでいる。

―お名前、年齢、ご職業は?

山下浩一です。手話では人差し指と親指であごをつまんで、ヤギの髭を表現するようにします。昔ヤギを飼っていたので、それを知っている友人たちからこの手話で呼ばれるようになりました。60歳です。

2024年まではカツオ一本釣りをしていましたが、今は追い込み漁をしたり、潜って高く売れるものをいろいろ取っています。魚も夜に寝るので、夜の方がオススメ。

―出身地はどこですか。

奄美大島の古仁屋(こにや)です。

―今まで通っていた学校はどこですか。

小学1年生からずっと鹿児島県立鹿児島聾学校へ。

―こどものときの夢は何でしたか。

プロ野球選手に憧れていました。

―これまでの職歴は?

高校を卒業したあとは県外へ働きに出ました。神奈川や東京で15年間働いていたのですが、そのときの会社の労働環境がひどくて参ってしまい、35歳で奄美大島に帰りました。長年漁師をしている父と兄に教わりながら、漁師を始めました。それが自分にすごく合っていて、気づいたら25年目に。

父も兄も亡くなってしまったんですが、兄は伝説の漁師と言われるほどの腕前を持っていました。昔はろうの漁師がもっといました。ちなみに俺の両親、兄弟たちは全員ろうです。

うちは漁師の家系で、祖父も漁師でした。でも俺の後を継ぐ者はいません。俺でおしまい。

―どんな働き方をしていますか?

週の半分は仲間と一緒に追い込み漁を。もう半分は潜って魚突きしたり、貝なども取って、市場で売ります。熱帯魚なども売っています。専用のトラックがやってきて、熱帯魚などを買い取ってくれます。そのトラックがあちこちの水族館へ行って、配るんですよ。

取ったり売ったりするには漁業権が必要。タコが一番高く売れるかな。前は1kg2500円だったのに今は1000円になっちゃった。まいったね。1日に30〜40キロは取れるんだけど、売上は前の半額以下に……。

外国からの輸入品の方が安いからみんなそっちに合わせて、いろいろ値下げしちゃうんです。品質はうちのほうがいいのに。

―カツオ一本釣りをやめた理由は?

去年まで、カツオ一本釣りで24年間やってきたのですが、物価のバランスがおかしくなったのでやっていけなくなったんです。燃料代は上がったのに、魚の売値は下がる。なんだかね……。

カツオは静岡、高知の海でも取れますが、もっと南の方の海で取れたカツオのほうが安く買えます。そこに目をつけた大企業のせいで売値のバランスが崩れたようです。

(「カツオ」の手話は、甲を下にした右手の五指を右胸にあてて、下ろす)

カツオの群れは南の方から奄美大島、高知、静岡、宮城の海を泳ぎ、また南の方へ戻っていきます。春に取れるものが初鰹。秋に取れるものは戻り鰹。味わいも食べ応えも全然違います。

―カツオ一本釣りをしていたときのスケジュールは?

夜の9時に船で出発します。ポイントに着いたら、夜が明けるまで仮眠。明るくなったら一本釣りが始まります。

国や県が定めたポイントがあるんです。そこに浮かんでいる人工ブイを目印にして、いろんな船が集まります。人工ブイって1個1000万円するんですよ。深さ2000mのところに重りを沈めて、GPSが付いた人工ブイを浮かしておくんです。その人工ブイを設置する作業の手伝いをしたこともあります。そのときに仕組みを知りました。

夜が明けたらバババッとカツオを釣りまくります。うまくいけば1時間〜1時間半ぐらいで終わり、帰ります。不調だったらポイントをてんてんと変えて……夜7時には帰るというスケジュールです。

俺のチームは6人で、人が少なく船も小さいほうだったので、積める量は最大5トンぐらい。1匹の重さは3kg〜10kg。有名な高知の明神丸はもっと人員が多く、船も大きくて、80トンも積める。

大きな船にはたくさん魚を積めるメリットもあるけど、ソナーの感度がとても良い。ソナーの感度、範囲が広いと人工ブイを見つけやすいです。俺の船は小さいので、ソナーの範囲も小さい。直径500mぐらい。経験と勘で、頑張って人工ブイを見つけていました。

10年前はもっと漁船がたくさんあったんだけど、燃料費の高騰ですごく減りました。昔は重油が1リットル30円でしたが、60円を超えたときにもうダメだなと思って、去年船を手放しました。氷代もかかりますし。

俺のチームメンバーは皆、65歳〜70歳ぐらいなのでもう潮時かなということで解散しました。

―今の仕事のやり方にした理由は?

漁師仲間が「追い込み漁、または潜って取るってのはどうか」という提案をしてくれたんです。

昔から素潜りは得意で、去年は最深で30m潜れました。1人で自由に働ける方法をやってみたかったので、試しに素潜り海水魚採集や、魚突きにチャレンジしました。それまではあまり経験がなかったのでどうかなと思ったのですが、これがうまくいきました。

―他の漁師とはどうやってコミュニケーションを?

手話というか、ほぼ身振りで。長い付き合いだからね。またはサインで。例えば、親指を立てるのは「多い、いっぱい」という意味。小指を立てるのは「少ない」。海中にいると声での会話ができないので、聴者同士でも使っています。

―漁師になるには?

漁港などで募集が貼り出されています。ネットでの募集もあるのでそれをみて、問い合わせたらいいですよ。ろう者の方が漁師に向いていると思うんだよね。だって視野が広く、勘もいい人が多い。なぜ気づくの、見つけられるの?!とよく聞かれます。

素潜り、魚突きだけで1日3万円は稼げます。追い込み漁は出費も多いのでそんなにないかも。俺は生活できるぐらいの額を稼げたら、それで十分。

花や鳥って、季節ごとに移ろっていくでしょう。魚やタコもそう。タコは12〜2月にたんまり取れて、3月になるとぱったりいなくなる。どこに行っているんだろうね。海には不思議がたくさん。

祖父の時代には全力を出して、両手で掴まないと取れないぐらいの大きな5キロのニシキエビがたくさんいたんだけど、数が減っちゃった。伊勢海老も昔は大きかったんだけど、乱獲のせいで最近は300g〜500gぐらいのものばっかり。1キロになるまで待てばいいのに、みんな取っちゃう。300gのは味噌汁を作るのにちょうどいいサイズなんだけど、うーん、取ってもいいサイズのルールを1キロに上げて欲しいですね。

― 5年後の自分は、どうなっていると思いますか?

個人で素潜り、魚突きを続けていて、この島にやってきたろうの友人たちと泳ぎまくりたい。

一緒に潜って、いろんな魚を見つけたら、すぐにサッと教えてね。あそこにも、ほら、隠れてる、いたね!って、みんなの喜ぶ顔を見るのが嬉しいんです。ろう者同士の方が教えやすいってのもあるかも。こないだのガイドでは40種類以上の魚などを一緒に見ることができました。擬態が上手い魚もいるので面白いですよ。

―好きなたべものは何ですか?

刺身が一番好き。魚は毎日食べても飽きません。特にハタが好き。大きいものだと両手をいっぱいに広げたサイズ。よく取れるのは80〜90センチぐらいで、7キロ。1キロ2500円で売れます。ってことはひと突きでいくらの稼ぎになるかな?ははは。昔は1キロ5000円で売れたんだけどね……。

でも最近はあまりよく取れなくなったから、自分で食べる分だけを取っています。

東京や大阪へ遊びにいっても、魚を食べちゃう。北海道の魚は文句なしに美味しい。寒いから脂を蓄え込む魚が多いんです。

―最近幸せだと思ったことは何ですか?

海に潜っているときが幸せ。どんなに疲れていたり、だるいときでも、潜るとスッキリします。いろんな魚を見て、一緒に泳いで遊ぶときが幸せ。

動画インタビュー(手話)

インタビューの様子や、日常の様子をまとめたこの映像には、音声も字幕もテロップもありません。写真だけではどうしてもわからない、その人の手話の使い方に滲みでてくることばの特徴を感じてもらうためです。たとえ手話がわからなくても、そのリズムに目をゆだねてみてください。じわりと浸透する何かが、きっとあります。「こういうふうに話す人なんだなあ」と知ってもらった上で、写真を見てもらうと、見え方がまた変わります。

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連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道