福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】川上製麺の制服を着たいざきじゅんこさんが中央に立っている縦長の写真。半袖の白い前ボタンの制服に、白い帽子をかぶっている。デニムパンツと白いスニーカーも履いている。両手を前に揃えていて手には長い箸を一膳もっている。いざきさんの両側を挟むように、天井から床までびっしりと手延べそうめんが干されている。【写真】川上製麺の制服を着たいざきじゅんこさんが中央に立っている縦長の写真。半袖の白い前ボタンの制服に、白い帽子をかぶっている。デニムパンツと白いスニーカーも履いている。両手を前に揃えていて手には長い箸を一膳もっている。いざきさんの両側を挟むように、天井から床までびっしりと手延べそうめんが干されている。

伊﨑淳子さん【そうめん職人】 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道 vol.43

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手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。

連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。

最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。

(連載全体のステートメントはこちらのページから)

第43回は長崎県南島原市でそうめん職人として働く伊﨑淳子(いざき・じゅんこ)さんを訪ねました。

伊﨑淳子さん【そうめん職人】

【写真】川上製麺の制服を着たいざきじゅんこさんが中央に立っている縦長の写真。半袖の白い前ボタンの制服に、白い帽子をかぶっている。デニムパンツと白いスニーカーも履いている。両手を前に揃えていて手には長い箸を一膳もっている。いざきさんの両側を挟むように、天井から床までびっしりと手延べそうめんが干されている。

― お名前、年齢、ご職業は?

伊﨑淳子です。川上製麺で働いています。62歳です。ここで働いて20年ぐらいになります。

 

― 出身地はどこですか。

長崎県南高来郡南有馬町です。今はまわりの7町と合併(※)して、南島原市となりました。

※2006年3月31日合併

 

― 今まで通っていた学校はどこですか。

小さいころから専攻科まで、ずっと長崎県立ろう学校に通っていました。本当は高等部を卒業をしたらすぐに働こうと思っていたのですが、聴者の社会のなかで必要なルール、挨拶、先輩に対するマナーなどを覚えてからの方がいいという風潮があったんです。なので私も専攻科2年まで通っていました。

ろう学校にはいろんな科がありました。産業工芸科、理容科、被服科、窯業科。被服科には3つのコースがありました。被服、洋裁、和裁。被服コースでは男性のスーツ、背広を。洋裁コースでは女性の服を。私は和裁コースで着物を仕立てていました。文化祭ではみんなが作ったものが販売されていて、にぎわっていました。

 

― こどものときの夢は何でしたか。

夢は美容師になることでした。クルクルと髪を巻いて、パーマをかけてみたかったから。服のデザインとかにも興味がありました。こどものころ、家にあった立派な柱に着物や布を巻いて、着せ替えごっこをするのが大好きでした。

高校2年生のときに進路を決めたんですが、母がどうしても和裁が良い、と力強く言ってきて……。かなり言い合ったのですが、最終的には母に従ってしまいました。

 

― これまでの職歴は?

長崎県佐世保市で和裁の仕事をしていました。残業ばかりでしたね。結婚を機に退職し、神奈川県へ引っ越しして、車の部品の仕分けや発送などの仕事に就きました。英語で書かれている発注書もあったので、間違いがないように何度も見直しをしていました。そして南島原市に帰ってきて、川上製麺に入社しました。

 

― そうめん職人になったきっかけは?

南島原市に帰ってきて、しばらく子育てしながら過ごしていたら友人の紹介で、川上製麺の創業者の一人であるおばあさんが家にやってきたんです。「うちで働きませんか」って。私でいいんだろうかと驚きつつ、入社しました。

おばあさんとそのお嫁さんは地元の手話サークルにも来ていて、そこで私を見かけたそうです。「あのひと、良さそうだな」と思ってくれたみたい。

いざやってみると、めちゃくちゃ難しかったです! 麺を伸ばす機械の設定、調整など、覚えることが多くて!

でも面白かったこともあって。仕事を教えてくれたのはおばあさんなんです。おばあさんは手話ができないのですが、伝える方法を考えてくれて。たとえば親指をつまんで「太い」。小指をつまんで「細い」。両手をクロスさせて「だめ」。表情もはっきりとしていてわかりやすかったですね。

 

― どんな仕事をしていますか?

朝3、4時に社長たちが小麦粉、塩水、油を混ぜてこねる作業を始めます。私は7時ごろに来て、製造を始めます。

製造に関わる工程ならいろいろできます。でも、担当しないところもあります。出来上がった乾麺を束にする機械は音で判断するので、他の人が担当しています。

手延べそうめんの製造工程のひとつに「縦割り」というのがあります。干したそうめんが密着しないようにするためです。コツをつかんだらもう簡単です。あなたたちにもできますよ! 2本の棒をスッと入れて、力を入れないでサッと下ろすだけ。フワッとスーッ、パララっとほぐれます。

 

― 川上製麺のことを教えてください。

ここの麺はとってもツルツル、もちもちで美味しいんです。細麺もしっかりとしたコシがあります。ちゃんぽん、そば、ラーメン、うどんもあるのであとで販売コーナーを見てみてね。冬しか販売しない「半生うどん」が本当におすすめ。でもこの冬で販売終了となります。残念ですが……。

創業されたのは1974年。今の天皇陛下がご見学されたこともあります。ご見学記念として、桐箱にお詰めしたそうめんを宮内庁へ献上したそうです。

今は3代目が運営されています。美味しい麺を作るための努力を毎日しています。毎日気温や水温、粉の様子が変わるので、いつも同じような作り方はできないそうです。

仕事を教えてくれたおばあさんは90歳すぎになりますが、今もしっかりとご勤務なされています。ここは力仕事ではない仕事もいろいろあるので、何歳になっても働けそうです。

 

― 気をつけていることなどはありますか?

掃除ですね。きっちりしっかりと掃除して、前に使った粉を残さないようにするのが大事です。今日はそば。明日はうどん。毎日違う粉を使うので、気を配らなければなりません。

 

― 5年後の自分は、どうなっていると思いますか?

いつかは畑をはじめたいんですよ。野菜をいろいろ育ててみたい。緑だらけの畑を作ってみたいです。今は家にいる時間が少ないので、なかなか畑をはじめられないですね。前にミニトマトなどを育ててみたことがあるのですが、カラスにやられました。やっぱり手と目をかけてあげないと。

 

― 好きなたべものは何ですか?

豚汁です! ぶたじる。とん汁に似ていますが、ちがうものです。ここらへんの豚汁は豚、大根、にんじん、里芋、揚げ豆腐、さつまいも、ごぼうを入れます。あれ? とん汁と同じ……。ああ、呼び名が違うだけだったのね。あはは。

 

― 最近幸せだと思ったことは何ですか?

3人の子どもと、5人の孫に囲まれているとき。お年玉で大変っていうときもあるけどね、うふふ。ばあばって呼ばれて、ぎゅっと抱きしめられたときが幸せ。

動画インタビュー(手話)

インタビューの様子や、日常の様子をまとめたこの映像には、音声も字幕もテロップもありません。写真だけではどうしてもわからない、その人の手話の使い方に滲みでてくることばの特徴を感じてもらうためです。たとえ手話がわからなくても、そのリズムに目をゆだねてみてください。じわりと浸透する何かが、きっとあります。「こういうふうに話す人なんだなあ」と知ってもらった上で、写真を見てもらうと、見え方がまた変わります。

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連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道