手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。
連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。
最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。
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第38回は大阪府大阪市で手話ラウンジ「きみのて」を経営している佐藤りょう(さとう・りょう)さんを訪ねました。
佐藤りょうさん【手話ラウンジ経営者】

―お名前、年齢、ご職業は?
佐藤りょうです。37歳になります。昼は金融機関の会社で働き、週末の夜はここ、手話ラウンジ「きみのて」大阪店を開いています。
東京にも手話ラウンジ「きみのて」があります。名前だけを借りていて、ここの運営は私がしています。スタッフを雇ったり、店舗の契約、家賃の支払いなど、全て責任を持ってやっています。
―出身地はどこですか。
大阪市です。
―今まで通っていた学校はどこですか。
小学6年生まで地元の小学校に通い、中学からはろう学校に入りました。普通学校から入ってきた生徒が多かったので、口話と指文字でコミュニケーションをしていました。本格的に手話を勉強したのは、筑波技術短期大学に入ってからです。手話ラウンジ「きみのて」東京店でのバイトを始めてから、手話をたくさん覚えました。
―こどものときの夢は何でしたか。
キャビンアテンダント。飛行機の中で接客をしてみたかったんです。怖い話や世界の不思議な話が大好きで、伝記絵本シリーズの『マルコポーロ』を読んで、船に乗る冒険者になりたいと思っていました。
―これまでの職歴は?
大学時代にマクドナルドやガスト、手話ラウンジ「きみのて」東京店でバイトをして、接客を覚えました。大学を卒業した後も「きみのて」でのバイトを続けながら、貿易関連の会社に入ったんですが、合わなくて退職しました。IT関連の仕事に就いたこともあります。
東京店では2012年1月から2018年3月まで6年間働いていました。
―手話ラウンジ「きみのて」東京店ができたきっかけを知っていますか?
東京店のオーナーが夜のお店へ呑みに行ったら、ろう者が筆談でキャストと話しているところを見かけたんです。当時はドラマ『君の手がささやいている』が放映されていました。オーナーは主演の菅野美穂さんのファンで、毎週観てて。オーナーの中でそれらがつながって、夜のお店に手話ができるキャストがいるといいな、というイメージが浮かんだそうです。
―手話ラウンジ「きみのて」は手話でどう表現しますか?
親指、人差し指、小指だけを立てて、横に少し、軽く振ります。ろう者の間で、このサインには「I LOVE YOU」の意味があるのですが、手話を知らないオーナーはただ「このサインをしている女性がかわいい」と思ってこのサインを採用したみたいです。
―東京店で、印象に残っている出来事はありますか。
大学の後輩が来てくれたのですが、かなり沈んだ顔をしていました。話を聞いてみたら会社勤めが大変だという話で……。朝早く夜遅い通勤の上に、職場では十分なコミュニケーションができず、「ろう者だからわからないんだな」ということも言われたそうです。
「ろう学校に通い、大学を卒業して、就職できたと思ったらコレ……。実はもう、心が壊れそうになったんだ。でも今日、このお店のドアを開けたらあちこち手話でにぎやかで、それがとても嬉しくて、ホッとすることができた。夜、手話ができる場所があるのはとても嬉しい。大事な場所。手話の大切さを実感した」と話してくれました。
私は聞こえる両親のもとで育ち、口話や日本語はまあまあできるほうなのですが、そうではないろう者が思っていたよりも多くいることに改めて気づきました。そして夜に手話で思いっきりおしゃべりを楽しめる手話ラウンジ「きみのて」の重要さを感じました。
―独立したきっかけは?
30歳のときに東京店でのバイトを続けるかどうかを考えていました。
「このままでいいのだろうか……。いや、やっぱり私の地元である大阪で、女性も男性も、歳も関係なく、誰でも気軽に立ち寄れて、夜に手話でおしゃべりができる場を作りたい!」と思い、オーナーに独立の相談をしました。
店舗の契約方法や、警察署へ営業届を出すということなど、そういったお店を開く方法は全く知らなかったので、自分でインターネットや本で調べて、聞いて、準備をしてきました。母も以前、夜のお店をしていたんです。その様子を見ていたから「できない」と思ったことはありませんでした。やらないとわからない。
仲の良いお客様たちに少し話してみたら、みんな応援してくれました。「だめ、できない、失敗する」と言う人は1人もいませんでした。それも励みになりました。
開業資金は貯金を全額使いました。もともとは家を買うために貯めていたものです。失敗してもいい、一度きりの人生。誰にも迷惑をかけないから。その気持ちを家族にも伝えた上で、開業しました。
夜のお店にはいいイメージが付かないということを承知の上でやっています。飲食店は60%が開店後1年内で閉店になってしまうのが現実です。そして3年内で40〜50%が閉店します。
私の場合は、昼の仕事での稼ぎを全てお店に入れているので営業し続けられています。こういう場所は無くしたらだめだ、と強く思っています。働いてくれているスタッフもいるし、ここを大事にしてくれるお客様たちもいます。
私の姿を見て、「やろう」と思ってくれるろう者が増えると嬉しいです。
―大阪、東京で違うなと思ったところは?
大阪では、お客様が隣に座った他のお客様にパッと話しかけるんです。なので東京からのお客様は大抵驚かれます。「大阪の人はとにかくしゃべりたいんです。特に深い意味はないので、あまり気にしなくてもいいですよ」とフォローしています。
大阪の場合、親しくなると、相手の性格や容姿などをからかうような会話が出てくるんですが、東京では叱られてしまいました。「友達でもそれは失礼だ、よくない」と。全然違うなあと感じました。
―今、昼と夜、ふたつの仕事を続けている理由は?
昼の仕事を始めたのはコロナ禍になってから。お客さんが全く来なくなり、運営が成り立たなくなったからです。このお店の家賃を払うために昼の仕事を始めました。
ろうとして、この社会で働いていると生きづらい。コミュニケーションに苦労し、会社に行くだけで疲れて、寂しくなります。
「きみのて」にいると前向きな気持ちになれるんです。お客さんからいろんな手話を教えてもらえるし、手話でいろんなお客さんと会話して、笑いあえる。言葉のキャッチボールが楽しい。
―なぜ続けられているのでしょうか。
心が折れないためには、自分に誇りを持って営業し続ける覚悟をすることです。世間ではクラウドファンティングが当たり前になってきていますが、このお店は全部自分のお金でまかなっているんだという自信を持ち続けたいんです。罪悪感なく、誰にも迷惑をかけず、堂々とやっていきたい。
「ここは高いけど来てよかった」とよく言われるんです。でもスタッフ費、家賃、飲食代、火災保険などが意外とかかるので、適正価格だと思っています。
―働いていて、気づいたことは?
聞こえる人と一緒に働いていると、様々な発見や気づきがあります。コミュニケーションがうまくいかない理由や、物事の認識のズレとか。
聞こえる人は、その人が書く文章で、その人を判断してしまうことがあります。聞こえる人とろう者で、文章、言葉のとらえ方が全く異なることもあります。そこから生まれる誤解も多いです。
聞こえる人とろう者の間で起こるトラブルを聞いてみると、お互いの大切にしたいことが全然違うんです。1人のろう者と揉めてしまうと「ろう者とはもう仕事したくない」と思い込んでしまう人が多いですね。ひとりひとり違うのに、「ろう者」でひとくくりにされてしまいます。
とはいえ、ろう者のほうも「差別だ差別だ」と言うだけの人もいます。そうではなく、ろう者も聞こえる人に歩み寄って欲しい。聞こえる人に合わせるのではなく、お互いの求めていることを見直して、ずれているところを見つけて。
仕事をしていく上では相手を尊重しなければならないし、私も尊重されたい。
でもまあ、基本的には、完全に分かり合えることは、ないんですよ。期待はしないほうが楽です。
私も誤解されることが多いので、日々勉強し続けています。ろう者からも「言葉が足りない」と言われることもあって、それで会うことがなくなった人もいます。でも私はもう気にしてなくて。「私の全てを理解して欲しい!」とは思っていないので。合わないのはもうしようがないんです。でも、それまでに共に過ごした時間は無くならないし、いつも「とてもいい思い出、いい時間だったな」と思っています。
― 5年後の自分は、どうなっていると思いますか?
5年後はそれなりに安くて、手話でおしゃべりしながら呑める場所が増えてくれたら嬉しいですね。そういう場が増えてきてくれたとき、このお店をたたむことになっても、私は満足していると思います。
実はお店の運営に余裕があるときに、犬などを保護している施設へ寄付をしています。もし、いつかこのお店をたたんだら、保護犬に関わる活動をするかも。
―好きなたべものは何ですか?
最近はタイ料理にハマっています。特にパッタイが大好き。タイでは麺が選べて楽しいんです。パンケーキのようなタイのお菓子・ロティもおすすめ。毎日食べちゃいますね。
でもやっぱり、海外へ行くたびに自分って日本人なんだなと思うほど、和食が大好き。魚に味噌を塗って焼く西京焼き。九州の麦味噌も大好き。とにかくもう、味噌が大好きなのかも。
―最近幸せだと思ったことは何ですか?
幼いころから親に「聞こえる人のように自立して欲しい」と求められていました。「当たり前」って難しい。そして今、こうして生きていられる。家も買って、犬と暮らせて、ごはんも作れる。会社勤めもできている。夜の仕事も順調。自分が欲しかった「当たり前」のことができている。それが幸せです。
動画インタビュー(手話)
Information
手話ラウンジきみのて大阪店
手話ラウンジきみのて大阪店の最新情報は公式Instagramをご覧ください
「働くろう者を訪ねて」の写真作品データを無償公開中
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この記事の連載Series
連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道
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vol. 362025.04.10佐野安弘さん【精肉店】
vol. 352025.03.07岩舘めぐみさん【生活支援員】
vol. 342025.02.12島貫愛美さん【ペストリー】
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