福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】調理室で、白い帽子、白いシャツ、白いロングエプロンをみにつけて、青いゴム手袋をしている、しまぬきまなみさん。調理台の上にはつくりかけのホールケーキが2つ載っている。【写真】調理室で、白い帽子、白いシャツ、白いロングエプロンをみにつけて、青いゴム手袋をしている、しまぬきまなみさん。調理台の上にはつくりかけのホールケーキが2つ載っている。

島貫愛美さん【ペストリー】 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道 vol.34

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手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。

連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。

最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。

(連載全体のステートメントはこちらのページから)

34回は沖縄県恩納村でペストリーとして働く、島貫愛美(しまぬき・まなみ)さんを訪ねました。

島貫愛美さん【ペストリー】

【写真】調理室で、白い帽子、白いシャツ、白いロングエプロンをみにつけて、青いゴム手袋をしている、しまぬきまなみさん。調理台の上にはつくりかけのホールケーキが2つ載っている。

ーお名前、ご職業、年齢は?

島貫愛美と申します。ペストリーをしています。ルネッサンスリゾートオキナワというホテルのキッチンでケーキ、菓子、グラススイーツなどをつくっています。

―出身地はどこですか。

宮城県です。2年前に沖縄へ引っ越して来ました。バツイチで息子がいます。息子は今、東京にいて「お互いに頑張ろうね」と応援し合っています。

―今まで通っていた学校はどこですか。

幼稚部から高校まで、宮城県立宮城ろう学校(※1)に通っていました。宮城障害者職業能力開発校に1年間通い、デザインの勉強をしていました。

※1 平成21年「宮城県立ろう学校」から「宮城県立聴覚支援学校」に改称

―こどものときの夢は何でしたか。

ブライダル関連でしたね。結婚式場で働いている人を見て、私もあんなふうに働いてみたいと憧れていました。

―これまでの職歴は?

群馬県で10年間、会社の総務課で働いていました。離婚して、息子を連れて宮城に戻り、さまざまな職種を経験して来ました。でも、どれも、まあ、なんとなくやってきて。いつもどこか「これじゃない」という気持ちがずっとありました。

こどものころからの夢を叶えたいと思い、結婚式場での事務職で働いていたら、東日本大震災に遭いました。2011年3月11日。多くの人が亡くなったり、家も壊されて、何もかもが消えてしまい……未来が全部無くなった、と絶望的になりました。そのあと、タルト専門店「キル フェ ボン」を知り、目の前が再び開けたんです。それで今の仕事をしています。

―ペストリーになったきっかけは?

料理は小さいころから好きでしたが、お菓子作りは苦手で、興味がありませんでした。40歳を過ぎて、タルト専門店「キル フェ ボン」ですばらしいタルトに出会いました。タルトそのものがアートなんです。花をイメージさせるデザイン。ピッカピカと美しくて、一目見て「これだ!」と自分の中の何かが噛み合いました。そのお店は老若男女問わず人気があり、いつも行列ができていました。

キッチンスタッフの募集に応募して、「キル フェ ボン」で働くことができたのですが、最初は皿洗いや清掃ばかりをしていました。厳しい指導の日々でした。

でも「確かに綺麗なキッチンじゃないと美しいタルトは作れないよね」と思って、皿洗いや清掃も楽しんでやり続けました。就職してから3年目で仕事が認められ、タルト調理を任せてもらえるようになりました。

言葉での指示はやっぱりわかりにくかったので、先輩の作業やタルトをよく見て、ひたすら真似をしていました。真剣に真似し続けていたら褒められるようになりました。

―パティシエとペストリーの違いは?

どちらもお菓子を作る人という意味があります。ホテルでは「ペストリー」(※2)を使います。

※2 「ペストリー」は英語、「パティシエ」はフランス語

―なぜ沖縄のホテルに?

きっかけは、「キル フェ ボン」に届けられてくる沖縄の果物でした。いろいろ珍しいのがあって、特にマンゴーにはびっくりしました。初めて食べたとき「沖縄ってすごいな。マンゴー以外にもパッションフルーツなどの珍しい食材もあって、海もある。 ああ、沖縄に行ってみたいな 」ってパッと思ったんです。沖縄の果物を見ていると、作ってみたいケーキのイメージが楽しく広がります。

―この仕事で心がけていることや工夫していることは?

ミスをしてしまったらすぐに謝ることです。すぐに、です。正直に、責任を持って、まっすぐ自分の言葉で伝えることです。そして同じミスをしないように精一杯頑張り続けること。隠すことはいいことが一つもありません。

― 5年後の自分は、どうなっていると思いますか?

カフェを開きたいですね。でも、もっと自由にケーキを作っていきたい気持ちが大きいかも。

沖縄には古くから伝わるお菓子がいろいろあります。それを食べてみたり、技法や材料を参考にするのが楽しい。まだまだ知らないことがたくさんあります。

―好きなたべものは何ですか?

アメリカンバーガーが好きです。一口では頬張れないぐらいのボリューム、あれがいいんですよね。

―最近幸せだと思ったことは何ですか?

ケーキを食べてくれたひとの笑顔を見ているだけで、幸せな気持ちになります。「おいしい、お腹いっぱい、ああ、満たされた」というときの笑顔が大好きです。

動画インタビュー(手話)

インタビューの様子や、日常の様子をまとめたこの映像には、音声も字幕もテロップもありません。写真だけではどうしてもわからない、その人の手話の使い方に滲みでてくることばの特徴を感じてもらうためです。たとえ手話がわからなくても、そのリズムに目をゆだねてみてください。じわりと浸透する何かが、きっとあります。「こういうふうに話す人なんだなあ」と知ってもらった上で、写真を見てもらうと、見え方がまた変わります。

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連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道