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まだみぬ「表現」との出会いを、誰もが体験できる社会へ。障害のある人の芸術・文化活動を支える窓口が全国に こここインタビュー vol.10

Sponsored by 令和3年度障害者芸術文化活動普及支援事業 連携事務局(precog)

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意思や感情を誰かに伝える「表現」という行為は、人の営みの根底にある。伸びやかな表現ができる状況に身を置くことで、私たちはいきいきとした状態でいることができる。

「誰もがよりよく生きられる社会のために、多様な人の表現活動を支えたい」。そんな願いを持ち、全国に支援のネットワークを形成しているのが、今回紹介する〈厚生労働省〉の『障害者芸術文化活動普及支援事業』だ。

どのような表現への支えがあれば、障害のある、なしに関係なく人に健やかさをもたらすことができるのか? どうすれば福祉と社会との接点を豊かに創出できるのか? 芸術と福祉、双方の視点で「課題の発見」から取り組む方々の様子を伺うと、まだまだ試行錯誤の連続ではあるが、現場は創造のエネルギーに満ちている。

事業の旗ふり役を務める3者に話を聞いた。

お話を伺った方

厚生労働省 大塚千枝さん
障害者文化芸術計画推進官。国内外の劇場・文化芸術団体等での勤務やフリーランスを経て、2017年6月より現職。厚生労働省で障害のある人の文化芸術活動に関する施策や事業等を担当。

連携事務局運営(美術分野) 田中真実さん
NPO法人アートNPOリンク スタッフ。認定NPO法人STスポット横浜事務局長・副理事長。2008年STスポット横浜に入職。教育や福祉の分野での芸術文化活動の企画運営を担当。芸術文化分野での中間支援のあり方について、模索している。

連携事務局運営(舞台芸術分野) 兵藤茉衣さん
株式会社precog チーフプロデューサー。スクール事業やフェスティバル事業の事務局を経て、2015年precogに入社。2019年より、アクセシビリティやオンライン事業などを担うバリアフリーコミュニケーション事業部のチーフを担当。

「福祉」と「芸術」を結びつける相談窓口

2017年から全国各地に「障害者芸術文化活動支援センター」(以下支援センター)の設置が広がっているのをご存知だろうか? 「芸術活動をしたいがどこから始めたらいいか分からない」「発表の場が身近に見当たらない」と悩む障害のある方や、「アーティストと一緒に作品づくりをしてみたい」と考える福祉事業者が、問い合わせをできる窓口である。支援センターの運営は、その地域の福祉事業者や芸術活動団体などが担う。

問い合わせ内容は、「始めかた」から「活動の中での課題」「継続するための環境をどう整えればよいか」まで多岐に渡っている。この『障害者芸術文化活動普及支援事業』で連携事務局を務める〈アートNPOリンク〉の田中真実さんは、相談傾向を次のように語る。

田中 最近だと、たとえば精神障害のある方から直接ご連絡をいただくケースも増えてきました。福祉施設のイベントや地域のお祭りなどが、コロナ禍で中止になったことを受けての相談も増えています。作品の発表機会が激減したからこそ、ご自身の表現を誰かに見てもらいたい気持ちや、存在をわかってほしい想いがこれまで以上に表に出てきているのかもしれません。

もちろん、福祉事業者の皆様からもさまざまな問い合わせをいただいています。日々の活動に芸術文化を取り入れる際の予算や、アーティストとの協働などについてご相談いただくケースがよく見られます。

【写真】相談しあっている様子
(提供写真)

実際に支援センターに寄せられた相談ごとは、独自に地域で形成している関係団体とのネットワークや、支援センター同士の連携、全国を7つにブロック分けして設置されている「広域センター」(ブロック内の支援センターの中間支援を行う)および全国を取りまとめる連携事務局の連動で、新しいサポートの形を模索していく。

現在、全国37都府県に設置されている支援センターは、活動の中で知見を蓄えながら、より充実した支援の拡張に向けて、日々の業務に邁進している。〈厚生労働省〉で事業を担当している大塚千枝さんは「スタートしてからの5年間で、幅広い活動を支えられるようになってきた」と印象を語る。

大塚 もともとは福祉施設を中心に、活動のサポートを行っていたのではないかと思います。けれど、施設とつながりのない障害のある方も地域には多くお住まいです。そのため現在の事業では、置かれた状況、世代、障害の種別など、多様な方々にアプローチする体制に変化してきています。

また、一言で「文化芸術活動」といっても美術、音楽、演劇、舞踊など多様なジャンルがあり、活動の形も鑑賞、創造、交流などさまざまです。必ずしも作品がつくられるわけではない表現活動も、障害のある方ご本人、あるいは地域にもたらしてくれるものがあるね、という理解も広がってきているように感じています。

福祉と表現にまつわる研修会シエントのちらし
各支援センターでは、相談だけでなく、支援者が学ぶためのプログラムも提供している。〈こここニュース〉でも取り上げた「福祉と表現」をテーマとする研修会『cento-シエント-』は、2021年度の「福島県障がい者芸術文化活動支援センター事業」として開催されたもの

対話と実践で更新される、障害者の芸術活動サポートの歴史

これら一連の事業は、2018年に公布・施行された『障害者文化芸術活動推進法』にある「文化芸術活動を通じた障害者の個性と能力の発揮及び社会参加の促進を図ること」をふまえて実施されている。その背景には、さまざまな取り組みがあった。 

〈厚生労働省〉は、2001年から『全国障害者芸術・文化祭』を実施。2007年度には、障害のある方の活動支援を福祉の観点からだけでなく、文化芸術の観点からも検討することを目的に、〈文部科学省〉と共同で『障害者アート推進のための懇談会』を開催した。

【画像】障害者による文化芸術活動の支援をめぐる動きの年表
(資料:厚生労働省)

大塚 支援をしていくにあたり、有識者や実践者の方からご意見を聞く懇談会を〈文部科学省〉や〈文化庁〉と一緒に設けています。実際にお話を伺うと、障害のある人たちが表現活動をする上で物理的・心理的なバリアが存在していること、文化芸術活動がご本人や周りの方、地域にさまざまな効果をもたらしていることなどがわかってきました。

障害のある方々が地域で幸せに暮らしていけるよう、文化芸術活動をより推進する必要があると改めて感じる機会になりました。

一方、1990年代から『エイブルアート・フォーラム』や『エイブルアート・オンステージ』の実施、アール・ブリュット美術館の設立、『アール・ブリュット・ジャポネ展』開催など、さまざまな企業や民間団体、民間財団を中心とした活動により、障害のある人の表現活動が注目されはじめていた。また、2013年には東京オリンピック・パラリンピック競技大会の招致も決定し、活動そのものを支援する社会的な機運がさらに高まっていた。

とはいえ、まだ社会の中で声を上げづらい立場の人にとって、具体的にどのようなサポートが必要なのか、まずは課題を抽出する必要がある。そこで〈厚生労働省〉では2014年から、どのような支援機能があればいいかを探る『障害者の芸術活動支援モデル事業』に3年間かけて取り組んだ。

初年度のモデル事業の担い手は、奈良県の〈たんぽぽの家〉や、滋賀県の〈社会福祉法人グロー〉など5団体。そこから7団体、10団体と、すでに障害者の芸術文化活動に取り組んでいた事業者を中心に「支援センター」のモデルを担う団体が増えるなか、2017年に本格的なスタートを切ったのが『障害者芸術文化活動普及支援事業』である。

【画像】都道府県やブロックごとの事業の実施状況を示す表
2020(令和2)年度報告書』p6より

大塚 モデル事業では、支援センターは美術分野(絵画や彫刻など)を対象としていたのですが、終了後に本事業が始まってからは、舞台芸術分野(演劇やダンスなど)の支援もしていこうということになりました。現在では、『障害者文化芸術推進法』にもとづく国の基本計画で、より多様な文化芸術活動をサポートしていくことを定め、各支援センターでの実践が始まっています。

この事業の特徴は、あくまでも大まかな枠組みだけを〈厚生労働省〉が設定し、地域ごとに創意工夫して取り組める余白を残していること。一方で支援センターは現在、各都道府県の行政とも連動しており、地域の実情や課題、ニーズを一緒に把握していける仕組みにもなっている。

これは、たとえば人口密集地と過疎地では根本的に出てくる困りごとが違い、同じモデルが全国で通用するとは限らないからだ。地域固有の事情に寄り添えるようにした結果、支援センターのサポートのあり方にも、豊かなバリエーションが生まれるようになってきた。

【写真】おぼっとくんのしゃしん
以前に〈こここレポート〉として紹介した「なんでそんなんエキスポ」は、2020年度の中国・四国広域センターの事業として開催されたもの。身近な人の一見よくわからない行為に“ツッコミ”をいれ、ポジティブに向き合おうという試み(撮影:川瀬一絵)

バリエーション豊かな支援とコロナ禍のニーズ

兵藤 2022年3月に、事業のWebサイトをリニューアルしました。そこでは、『障害者芸術文化活動普及支援事業』での支援センター・広域センターの取り組みに加え、この事業以外でも障害者の芸術文化活動の支援をしている方々の実践事例を紹介しています。

サイト内の記事にも「鑑賞」「創造」「発表」「相談」「人材育成」などさまざまな切り口があり、支援のベクトルの広さがわかります。どれか特定の事業が全体のモデルになるというよりも、各地でさまざまな支援方法のバリエーションが存在しているのが、5年間の成果だと感じています。

そう話す兵藤茉衣さんは、〈アートNPOリンク〉と並んで事業の連携事務局を担う〈precog〉のチーフプロデューサー。前出の田中真実さんらと共に、全国の支援センター、広域センターを取りまとめている。

実際にサイト内の事例を見ると、多角的な切り口で事業の紹介がなされている。たとえば支援センターがサポートする〈NPOシアターネットワークえひめ〉の事例からは、精神障害のある利用者の通う福祉施設が、どのようにしてアーティストを受け入れてきたかがわかる。

【写真】輪になってワークショップを行う人々
〈NPOシアターネットワークえひめ〉では、当事者の語りをもとにした『幻聴幻覚カード』を制作。アーティストを交え、カードを使って幻聴幻覚の経験を共有するワークショップも行われている(提供写真)

他にも、多様な特性に向き合い続ける〈三重県立美術館〉でのアクセシビリティ事業や、当初のきっかけから10年以上もの月日をかけて〈島根県民会館〉が取り組んできた「インクルーシブシアター・プロジェクト」など、広く障害のある人の文化活動の支援事例を紹介している。

【写真】絵画が展示された部屋の様子
それぞれの障害の特性に合ったプログラムに加え、乳幼児向けのプログラムを実施するなど、〈三重県立美術館〉では多方面に向けた配慮がなされている(提供写真)
【写真】ライトアップされた舞台のうえでパフォーマンスする人々
バリアフリーツアーやダンスワークショップなど、障害のある方と共にさまざまなプログラムを実践してきた〈島根県民会館〉の公演の様子(提供写真)

現場で実践されてきた方々の言葉で、障害のある人がいきいきと表現する姿や、事業を組み立てる際に苦心した点が語られている。これほど先進的な取り組みがすでに行われているのかと、驚くような事例も多い。

連携事務局としての業務の傍ら、自らも神奈川県の支援センター〈STスポット横浜〉のスタッフとして支援現場に携わることのある田中さんは、他府県の支援センターで注目する事例として、「障害者芸術活動支援センター@宮城(愛称:SOUP)」を運営する〈特定非営利活動法人エイブル・アート・ジャパン〉や和歌山県「ゆめ・やりたいこと実現センター」を運営する〈社会福祉法人一麦会〉の支援を例に挙げた。

田中 私自身の関心で恐縮ですが、〈エイブル・アート・ジャパン〉や〈一麦会〉は支援センターの運営以外でも、2021年度『学校卒業後における障害者の学びの支援に関する実践研究』(文部科学省)に採択され、障害者の生涯学習をテーマにさまざまな試みをされてきました。身近な地域で芸術や文化と触れることを考えるときに、こうした生涯学習や社会教育との連携も必要になってくると考えています。

日常の生活をどう豊かにしていけばいいか、あるいは自分の居場所をどうやって探したらいいか。そういったニーズは、障害のある方の芸術文化活動の背景にあると同時に、“健常者”と呼ばれる方にとっても重要な問いとして存在しているように思います。そしてそれは、このコロナ禍においてよりシビアな問題になってきているのではと、支援に携わりながら日々感じているところです。

障害の有無を超えた、芸術文化活動の新たな広がり 

誰にとっても、表現行為のはじまりや人に見せたりする最初の一歩には、とまどいや恥ずかしさがまとい付くものである。小さな表現の発芽を見守り、育てていくあたたかい輪が、支援センターを中心に地域に醸成されていく未来は素敵だ。表現する人の存在が、さらに誰かをインスパイアし、エンパワメントしていく連鎖が生まれれば、障害福祉の枠を超えた社会全体の豊かさにつながることも期待できる。

それらは決して〈厚生労働省〉や連携事務局だけの想いではない。2020年度に行った全国調査では、9割以上の福祉施設から「障害のある方の文化芸術活動は成果をもたらす」とポジティブな回答が得られている。

ニッセイ基礎研究所『全国の障害者による文化芸術活動の実態把握に資する基礎調査報告書』p29より

大塚 もちろん、課題もあります。この調査の回答では、実際に文化芸術活動を実施している福祉施設がまだ半分以下(41.6%)でした。「障害のある人にとっての文化芸術活動は、必要であり、成果をもたらすと多くの人がわかっているのに取り組めていない」という状況ですね。

さらには、支援センターが設置されている地域でも「協力してもらう機関がない」と回答している施設があったり、「文化芸術活動の協力機関」として支援センター・広域センター・連携事務局をあげる福祉施設が全体のわずか3.8%だったり、という結果も見られました。支援センターの存在をご存じないところがまだまだ多い状況があります。

ここに、『障害者芸術文化活動普及支援事業』の目下の課題がある。つまり、情報発信だ。

この事業が全国で展開される背景には、「どこにいても必要な支援を受けられ、どんな人でも支援窓口にアクセスできる仕組みをつくる」という狙いがあるが、存在が知られていなければ、その意義を果たすこともできない。支援センターの設置県が増え、多様な事例が生まれるようになってきた今だからこそ、より発信に力を入れたいと兵藤さんは語る。

兵藤 相談支援にあたって、まずは「相談先があること」そのものをどう知ってもらうか、各都道府県の支援センターも広域センターも悩んでいる、という声をよく聞きます。センター同士のコミュニケーションの機会を増やして情報発信のノウハウを共有しながら、連携事務局も全国に向け、各センターの活動を総体的に発信していく必要があると感じています。

講師12人の顔が並ぶスクールのちらし
ゲストのひとりとして大塚さんが登壇した「コミュニティダンス・ファシリテーター養成スクール2021」では、『障害者芸術文化活動普及支援事業』の制度や事例の共有を含むオンラインの勉強会が開催された

既存の福祉団体の多くがこれまで、主に紙媒体で情報コミュニケーションを行っていた一方、当事者や家族の中でも若い世代は、インターネットを介して情報を得るようになってきている。コロナ禍では、オンラインでの発表会やシンポジウムの開催に取り組む事例も増え、新たな可能性が広がる。だが、インターネットを利用できない層との分断が生まれやすい状況は、悩ましさもあるという。 

福祉施設や関連団体とのつながりを持つ人、持たない人。インターネットから情報を収集できる人、できない人。世代や生活スタイルの違い。現代における「情報の伝わりにくさ」にもさまざまな要因があるなかで、障害のある方の表現活動をどう広げていけばいいのだろうか。

兵藤 “当事者性”という言葉が、入り口を広げるひとつのキーワードになるかなと思っています。「障害者支援」といったときに、どうしても“当事者=障害者”のようなイメージがありますが、実は支援する側も含め、この社会では誰もがなんらかの当事者だと思うんですよね。

芸術には差別、偏見を含むいろんな価値観を揺さぶっていく力があるはずです。だからこそ、この事業で障害者支援と芸術文化とが結びつくことで、障害者をとりまく状況だけでなく、社会全体がよりよくなっていく可能性を感じています。

身近な戸惑いをポジティブな“ツッコミ”に変えた「なんでそんなんエキスポ」のように、福祉との掛け合わせの中で生まれる展覧会や表現活動には、はっとさせられることが多い。

芸術が持つ、既存の価値観やコードを読み替えて気づきを与える所作を、障害福祉の場に生かす。日常の中では問題とされてしまう行動を、異なるまなざしで読み替える。私たちに新たな視点と豊かさを教えてくれる活動は、意外なほど身近で行われているのかもしれない。

田中 障害のある方と深く関わるほど、一般的には“健常者”と言われる自分との違いが、どんどん分からなくなってくるような感覚があるんです。障害っていったい何なのか、自分は本当にただ支援を「する」側なのか。それらを問い続けるためには、芸術文化を多様な人のものにできる拠点が地域に必要だと思っています。

どの地域にも公立の文化施設はあるはずですし、わかりやすい施設名が付いていなくても非常に文化的な活動を行っているところは数多く存在しています。そういった場所に、もっと期待や可能性を寄せてもいいはずです。この事業が広がることで、芸術や文化を自分と関わりがあるものと捉えてもらえるとうれしいです。

表現行為を通じて確かにする生きる歓び。見る側のクリエイティビティまで刺激して、価値観をゆさぶってくれるような鑑賞体験。芸術文化と福祉のあいだの新しいチャレンジが広く社会に共有されることには、障害のある人もそうではない人にとっても、よりよく生きるための大きな可能性が潜む。

『障害者芸術文化活動普及支援事業』の最前線で生まれているのはそんな景色だ。この温かなネットワークに、より多くの人が飛び込んでくれることを期待したい。


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