福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】自身が経営するカフェ内に立つひおきさん。手には子鹿の骨を持っている。【写真】自身が経営するカフェ内に立つひおきさん。手には子鹿の骨を持っている。

日置美咲さん【ジビエ料理カフェ経営】 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道 vol.28

  1. トップ
  2. 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道
  3. 日置美咲さん【ジビエ料理カフェ経営】

手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。

連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。

最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。(連載全体のステートメントはこちらのページから)

28回は、三重県津市でジビエ料理カフェを経営する、日置美咲(ひおきみさき)さんを訪ねました。

日置美咲さん【ジビエ料理カフェ経営】

ーお名前、年齢、ご職業は?

日置美咲と申します。年齢はナイショで。ジビエ料理カフェをやっております。聞こえる夫と5人のこどもがいます。

―出身地はどこですか。

三重県伊勢市出身です。

―今まで通っていた学校はどこですか。

三重県立聾学校です。幼稚部から高等部までずっと。

―こどものときの夢は何でしたか。

ちいさいころから母によく、いろんなお店に連れてってもらっていました。そこには美味しいものを食べたみんなの笑顔がたくさんあって、ああ、私も美味しい料理を作りたいな、お店をやりたいなと思っていました。

―これまでの職歴は?

高校を出たあとは一般企業に勤めていたのですが、合わなくて、いろんな会社を転々としていました。四日市市にあるカフェで少しアルバイトをしたあと、2019年4月にここ、『古民家カフェ山乃屋』を開店しました。

―ジビエ料理カフェを始めたきっかけは?

夫が猟師で、料理がとても上手なんです。最初は獲れた鹿などを見て驚きましたが、作ってくれたジビエ料理を食べて、その美味しさに感動しました。臭みもなく、食べやすかったんです。夫からジビエ料理を教えてもらい、独学でいろいろ研究をしてきました。

私はカフェをやりたい。夫はジビエ料理店をやりたい、と前々から思っていて、ふたりの気持ちを合わせてできたのがこのお店なんです。

築150年の古民家を買い、夫が改装しました。あちこちにある古い家具や家電は前からこの家にあったものなんです。雰囲気に合っていたのでそのまま飾っています。

2人目のこどもが少し大きくなってきたころだったかな。慌ただしい日々の中でしたが、勇気を持って開店しました。「無理かな、できないかも」と考えるよりも、まずやってみることが大切だなと思いました。

夫は今、バスの運転手と猟師をしています。ここを開店したときはふたりでやっていたのですが、新型コロナウイルスが流行り、お客さんが来なくなった時期があって……。このままだと生活していけるのだろうかと不安になったので、バス会社に勤めはじめたんです。

―「古民家カフェ山乃屋」ならばでのこだわりは?

鹿、猪、熊など、ジビエ肉だけを使った料理にこだわっています。牛、豚、鶏は使いません。そして臭みを丁寧に丁寧に取り除くこと。夫のほうが臭いに敏感で、合格基準が厳しいです。試作をするときは必ず話し合います。

夫は若いときにいろんな講習などへ行ったり、調理を学んでいたみたいで、知識が豊富です。

―メインメニューにある鹿肉と猪肉の違いは?

鹿肉のほうが臭みがなく、さっぱりしていて、女性に人気があります。鉄分がすっごくたくさん含まれています。私、以前はひどい貧血持ちだったんですが、鹿肉をよく食べるようになってからはめまいがなくなりました。おすすめですよ!

猪肉は豚肉に似ていて、臭みがけっこうあるんです。それが苦手なひとが多いですね。私はこの臭みを無くす工夫を、試行錯誤してきました。今はみなさんに美味しい!臭くない!と喜んでいただけています。

―ここの料理に使われている肉は千葉県から仕入れているんですね。

このへんでも鹿や猪は獲れるのですが、うちには解体処理施設がないのでお客様にお出しすることができないんです。いろいろと決まりがあるんです。なので、専門店から仕入れています。いろいろ探しましたが、千葉県にある専門店のものが一番質が良く、安定していて、私の好みにも合っています。本当は夫が捕ってきたものを調理してみなさんに食べてもらいたいです。

―どうやってお店の宣伝をしていますか?

開店当初はまず、地元の人たちに知ってもらいたかったので中日新聞の折込チラシで広告を出しました。そこからは口コミで広がっていきましたね。

何件か取材を受けましたが、すべて夫に対応してもらいました。「障害者がお店をやっている、すごい」というような扱いをされたくなかったから。私自身を見て欲しいんです。

―5年後の自分は、どうなっていると思いますか?

解体技術を磨き、解体処理施設を作りたいですね。5年後なら子育ても落ち着いてるかな。費用を貯めて、この家のそばに解体処理施設を建てたいです。県の許可などもちゃんと取って、夫が捕ってきたものを自分たちで解体して、美味しく料理して、みなさんに食べてもらいたいです。解体するところも見てもらえたらいいな。命の学びにもなります。

猟師としての資格も取りたいと思っています。勉強は苦手なんですが、頑張ります!

―好きなたべものは何ですか?

海外の料理が好き。今はブラジル料理にハマっています。特にお気に入りなのはフェジョアーダ。カレーみたいで、黒豆と肉を煮込むんです。ちょっと遠いんですが、ブラジル食材を取り扱っているスーパーがあるんですよ。

―最近幸せだと思ったことは何ですか?

お店を持ちたいという夢も叶えられて、家族全員で元気に楽しく暮らせている今が幸せです。

インタビューの様子や、日常の様子をまとめたこの映像には、音声も字幕もテロップもありません。写真だけではどうしてもわからない、その人の手話の使い方に滲みでてくることばの特徴を感じてもらうためです。たとえ手話がわからなくても、そのリズムに目をゆだねてみてください。じわりと浸透する何かが、きっとあります。「こういうふうに話す人なんだなあ」と知ってもらった上で、写真を見てもらうと、見え方がまた変わります。

Series

連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道