手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。
連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。
最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。(連載全体のステートメントはこちらのページから)
第24回は、新潟県上越市で暮らす河村一美さんを訪ねました。河村さんの祖父であり、新潟県小黒村(※注1)で日本初・ろう者の村長として活動された故・横尾義智さんについてお話を伺いました。
※注1:「新潟県東頸城郡小黒村」は、1955年(昭和30年)に他村との合併により消滅。現在では新潟県上越市の一部となっている。
横尾義智さん【村長】
ーお祖父様について教えてください
祖父の名前は横尾義智(よこおよしとも)です。1963年(昭和38年)、69歳で亡くなりました。旧・小黒村行野(※注2)の15代続いた大地主の家に生まれ、村長をつとめていました。
※注2:現在の「新潟県上越市安塚区行野」のこと。横尾氏が存命のころの地名は「新潟県東頚城郡小黒村大字行野」であった。
―横尾義智さんの出身地はどこですか。
ここで生まれました。新潟県上越市安塚区です。生まれつきのろうで、姉が6人もいました。祖父は末っ子で、長男でした。
―横尾義智さんの経歴を教えてください。
やっと生まれてきた男子がろうで、祖父の両親は泣いていたそうですが、曽祖父は「このまま村に閉じ込めるのではなく、東京のろう学校へ行かせよう」と決断しました。祖父が6歳のとき、今の筑波大学附属ろう学校(※注3)へ入学したんです。一つ上の姉もろうで、同じろう学校にいました。ふたりとも寄宿舎に入っていました。祖父は14歳のときにこの村へ帰ってきました。
※注3:現在の「筑波大学附属聴覚特別支援学校」
―横尾義智さんはどんなひとでしたか。
幼いころから絵を描くことがとても好きだったそうです。人とのコミュニケーションがうまく取れなかったこともあり、村の子どもとは遊ばず、一人で絵をたくさん描いていたそうです。日本画家に弟子入りし、絵の腕を磨いて、期待もされていたので、地主でなかったら画家になる道もあったかもしれないと聞いています。
19歳のときに曽祖父が亡くなり、祖父は地主を継ぐことになりました。お見合いで里子というひとと結婚しました。私の祖母になります。とても聡明な方でした。懸命に手話を覚え、祖父の通訳もやり、いろんな面で祖父を支えていました。祖母はいつも着物を着ていて、懐に筆談用のメモを入れていました。
ー村長に就任することになった経緯を教えてください。
村長になる前は、村議会の議員をやっており、村のためにいろいろ活動をしていたんです。村人からも認められ、「村長になってはどうか」という声もいただいていました。
村長になれたのは地主だったというのも大きいと思います。村人との交流もあり、村のことをよく知っていたから、信用を得られていたんだと思います。それに代々受け継がれていた資産がありましたから、村長選挙活動や村長の務めを行うことができたんです。
ー地主、村長というのはどんなことをするのでしょうか。
主に、地域住民の活動を支えることが役割です。祖父は最初の村長選挙には落選しましたが、2回目では当選しました。それから12年間、村のためにいろいろ活動していました。
この地域は降雪量がとても多く、米があまり収穫できないんです。不作だった年の納税の減額を県庁へ申請したことがあったと聞いています。また、近隣の村への支援もしていたようです。労働力や米など。
多くの会議もありましたが、祖母がいつも一緒にいて、手話通訳をしていました。祖母も本当に素晴らしい人でした。
村人の苦しい暮らしを見て、第四銀行安塚支店の設立や消防団の設立なども手掛けていました。ですが、そのときの資料はあまりないんです。事務所が火災に遭い、焼失してしまいました。貴重な資料だったのに、残念です。
そうそう、農繁期託児所を自宅に開設していたんですよ。村の母親たちが働きやすいように。素晴らしいですよね。
1934年(昭和9年)、村長就任から6年後には戦争もはじまりした。第二次世界大戦。ここは東京に比べたら平和なほうでしたが、戦時中に村長を務めるのは大変だったと思います。
ー村長を辞任したあとは?
そのときはちょうど戦後の農地改革もあり、地主という肩書きもなくなりました。蔵などに貴重な古物があったのでそれを売って、生活費を作っていたのを見ました。
そうそう、墓泥棒事件もあったんです。先祖の墓に宝物が埋められているんじゃないかという噂が出て……。骨以外は何にも入ってないのに。怖かったですよ。
祖父は全国各地のろう学校設立など、ろう教育、福祉のために積極的に活動をしていました。新潟県立長岡ろう学校の設立にも関わり、資金援助もしていました。この本、『そのままでいいよ』『私おじいちゃんの耳と口になる』にも書きましたが、金沢や東京など、本当にあっちこっちへ行って多くのろう者と交流をしていました。
ー横尾義智さんがお亡くなりになられたときのことをお聞かせください。
私が高校3年生のとき、祖父が亡くなりました。脳溢血になったことがきっかけです。倒れたとき、近くの病院へ入院したんですが、病院にはテレビがなかったので、祖父は自宅に帰りたいと言っていました。
「ジェスチャー」というテレビ番組があって、それがお気に入りだったようです。テーマに合わせてものまね、ジェスチャーをしながらゲームする内容で、祖父はいつもその番組を楽しそうに見て「いやいや下手だなあ。そこはなあ」と笑っていました。これなら見られる! わかる! と嬉しそうに言っていました。昔は字幕がありませんでしたからね。今はいい時代になりました。
―今、ここにいるとしたら何をしていると思いますか?
100歳は超えていますね。絵を描いていると思います。幼いころから描くことが好きだったそうですから。のんびりと絵を描いている様子が目に浮かびます。
―横尾義智さんの好きなたべものは?
昔のひとにしては珍しいかもしれませんが、祖父は肉が好きでした。特にすき焼きが好きだったそうです。砂糖をたっぷり入れた甘い割り下でおいしそうに食べる。そんな祖父を見るのが幸せでした。
―河村さんが祖父の横尾さんや祖母について語り継ぐ活動をしている理由は?
自慢の祖父母だからです。私は2人の偉大さにより、ここまで生かされてきました。
幼稚園のころに、友達のおじいちゃんとは違うと気づいてからも、祖父は私の誇りでした。どこのおじいちゃんよりも数百倍は可愛がってもらい、幸せな少女時代でした。
今は様々なところから祖父に関する講演を頼まれます。いつも超満員なんですよ。この秋にも、長岡市の手話サークルに招かれております。こんなに幸せな孫っていますか? ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん! です。
動画インタビュー(手話)
Information
横尾義智さん関連情報
横尾義智さんについては、日本初・ろう者の村長として、記念館や博物館で資料展示がされています。また、河村一美著 回想録『そのままでいいよ』『私おじいちゃんの耳と口になる』は横尾義智記念館でお買い求めいただけます。
Profile
この記事の連載Series
連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道
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