手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。
連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。
最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。(連載全体のステートメントはこちらのページから)
第27回は、現在、埼玉県坂戸市にあるろう学校で乳幼児教育相談担当として働く、勝野崇介(かつのそうすけ)さんを訪ねました。
勝野崇介さん【乳幼児教育相談担当】
ーお名前、年齢、ご職業は?
勝野崇介です。手話ではこう表します。僕は集団行動ができるようなタイプじゃなくて、気づいたらいつもひとりでふらっと消えちゃうんです。忍者のようにドロン、スッと。そのイメージが由来になっています。おととい、31歳になりました(※)。4月1日、エイプリルフールですね。いひひ。埼玉県立特別支援学校 坂戸ろう学園で乳幼児教育相談担当をしています。めずらしい職業かと。0歳から2歳のろうのこどもたちと接したり、その親といろいろ話したりします。
※編集部注:この記事は2023年4月3日の取材内容を元にしています。
―出身地はどこですか。
島根県で生まれました。そのあとベルギーへ引越しして、小学生の大半をベルギーで過ごしました。それからは東京ですね。
―今まで通っていた学校はどこですか。
小学生のときにある事情で日本へ戻ることになり、中学1年生から高校3年生までの6年間は東京都立中央ろう学校に通いました。そして立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科に入りました。はっきりとした目的はなかったんですが、ただスポーツに携わる仕事がしたいかなという理由からそこに決めました。
青年海外協力隊の隊員として東南アジアへ行き、各国にあるろう学校で体育を教えてみたいなという気持ちが漠然とありました。
実際にタイへ数ヶ月間行きまして、そこで出会った現地のろうの友人たちに「私たちは確かに日本と比べたら貧しいかもしれないけれど、心は豊かだよ。困っていることはないんだ。」と言われたことがありました。そこではっとさせられましたね。自分勝手だったなと。自分の都合のいいように決めつけて善意を押し付けてしまったことに気付かされました。
それで……「自分の国のこどもたちを大事にしたほうがいい。日本はなんでもあるが、こどもたちの心はどうだろうか」と言われたんです。衝撃を受けました。そのメッセージがきっかけとなり、今の自分があります。人生ってわからないですね。
帰国後、ざっくりとですが、「こども」について学びたかったので筑波大学大学院へ進学し、そこで学校心理士と特別支援学校教諭免許の資格を取りました。
―こどものときの夢は何でしたか。
夢はなかったですね。まず、夢って何って感じでした。そもそも自分が大人になる、というイメージもできなかったんです。ベルギーに住んでいたときは大人のろう者が身近にいなかったから、というのもあります。
小学校卒業文集での「将来の夢」には、隣の席の子が書いたものをそのままそっくり真似しました。大学院生になって、やっと、やりたいことに出会えたって感じでした。
―これまでの職歴は?
大学院を出て、すぐに学校の先生に……ではなく、しばらくはフリーランスとして様々な仕事をしていました。例えば、ろう学校の乳幼児教育相談支援員をしたり、非常勤講師として体育を教えたり、大学やろう学校へ講演しに行ったり。そういえば、ベビーシッターもしていました。
乳幼児教育相談担当では、ろう学校の小学部、幼稚部の生活を見越した上で親御さんたちに色々話をしなければならない部分があるので、小学部、幼稚部での経験は必要です。なので、5年前にろう学校の先生になり、小学部に配属されました。それから、幼稚部の先生もやって、今、ここで乳幼児教育相談を担当。今年で3年目になります。
―ベビーシッターの依頼はどのように受け付けていましたか。
Instagramを活用していました。ベビーシッターをしている様子の動画、主に絵本読み聞かせの動画をアップすると、うちの子にもやってほしいと新しい依頼がやってきます。
小、中、高校生に勉強を教えるというのが家庭教師の仕事だと思っていたんですが、0歳〜2歳のろう乳幼児を育てているご家庭にもニーズがあります。支援を必要としているご家庭が多くある現実を、身をもって痛感しました。
ろう乳幼児を育てる聴者の親にとって苦しいのは、「我が子の言っていることがわからない」ということです。
そのことに気づいてからすぐに活動を始めました。
「ロールモデルとして0歳〜2歳のろう乳幼児と一緒に遊びます。家庭内でのコミュニケーションの支援をします」
「ろう乳幼児が示す行動の意図を、保護者と共に見ながら関わっていきます。伝わり合ったという実感があると、子育てがもっと楽しくなります」
このことを周りへ積極的にアピールしたり、ろう乳幼児を育てていらっしゃるご家庭を訪問したりして、より良いコミュニケーション・コンサルティングのあり方を探ってきました。
―乳幼児教育相談担当を目指したきっかけは?
大学4年生のとき、縁あってブータンに行ったんです。ブータンはツアー参加、ガイド同行でなければ入国・観光することができません。初対面の方々とツアーに参加したのですが、そこでろうの女性で、日本のろう学校の乳幼児教育相談担当をしているひとに出会い、そういう仕事もあるんだと初めて知りました。いろいろ話をしてくれました。ろう乳幼児の発達について、コミュニケーション方法、どんな支援方法があるか……。その仕事の魅力に一気に引き込まれました。そのひとは「私はそろそろ辞める予定で、私の跡を引き継いでくれる人を探していたんだよね。一緒にやってみないか」と誘ってくれたんです。それでもう、すぐに「やります!」と。即答でしたね。
―ろうの乳幼児教育相談担当は他にもいますか?
僕が知っている限りですが、以前は僕を含めて3人いたと思うんですね。教職員異動で今は2人になったかなと。1人は福岡県久留米市にいます、もしかしたら他にもいるかもしれません。でももっともっと増えて欲しいです……。ろう者の乳幼児教育相談担当は、ろう乳幼児にとって、またはその保護者にとっても我が子のロールモデルにもなるので、とても重要な存在だと思っています。
乳幼児教育相談担当という部署の存在はあまり知られていません。大学在籍中に知ることができれば、その仕事を担う上で必要なスキルや、知識を得たり、研究などをすることができるのに……。僕の場合は偶然、乳幼児教育相談担当者に出会えたので知ることができたんです。
―ろう学校の乳幼児教育相談担当になるためには?
基礎免許として、小学校教諭免許状が必要です。乳幼児教育相談担当は免許に関する決まりはないと思うのですが、幼稚園教諭と特別支援学校教諭の免許もあると望ましいかなと。育児の経験や、ろうの世界との繋がりだけではなく、カウンセリング、コミュニケーションコンサルティング、こどもの発達に関する知識など、さまざまな分野を幅広く網羅することが必要になってくるかなと思います。
学校の先生には教科指導、生徒指導、教材研究、保護者支援などといった仕事がたくさんあります。乳幼児教育相談担当はそれらに加えて、親御さんたちの心理的ケアも必要です。相談にのったり、必要に応じて情報提供をしたり、その親子でのコミュニケーションを分析してより良い方法を模索したりしなければなりません。
家族によって抱えている悩み事が異なりますし、社会情勢も目まぐるしく移り変わります。臨機応変に対応できるように、常に日頃から、学び続ける必要があると個人的には思っています。本だけではなく、ネット、テレビ、学校以外での様々なひととの交流も。
今ここという視点だけではなく、ろう乳幼児は成長していくので、長期的な視点も重要だったりします。教諭免許を取得する時に学んだ知識ももちろん必要ですが、さらに試行錯誤していきながらも、我々が持っている全てを活かしていかなければ。ろう乳幼児の人生に直結するので大切なことです。
乳幼児教育相談担当には、比較的教員の経験が長い方が配属される傾向にあります。10〜20年間教壇に立った経験を活かして、ということで配属されるんですね。教諭になって2、3年目で乳幼児教育相談担当になったというのは、あまり前例がないと思います。「私のようなひとがなるべきです!」というふうに、乳幼児教育相談担当にろう教員が必要だと強く訴えかけてきたのが良かったのだと思います。
―乳幼児教育相談担当という仕事で大切なポイントは?
今までのろう教育は、悩み事を抱えているご家庭に対してアドバイスしていくようなスーパーバイザーという存在が強く目立っていました。ですが、これからの時代はコンサルティングができるひとが必要になってくるな、と。相談者に寄り添い、話し合い、我が子と伝わり合える糸口を一緒に探っていける存在。
もうね、本当にみんなひとりひとり違うんですよ。家族構成、育った環境、その子や保護者の性格、こどもの遊びの発想……。それがまた面白くてやりがいがあります。
0歳〜2歳児は周りを気にしないで、自分はこういう遊びをしたいんだということをまっすぐ、自分の気持ちをちゃんと、言葉や行動に乗せて伝えてくれるんです。すごいパワーをもらった!と感動します。この仕事で一番好きな瞬間です。
―楽しそうなエプロンですね。
コミュニケーションがうまれるようなエプロンを選びました。「わたしの髪型に似ている!」「ぼくもその子と同じ色の服着ているよ」と話しかけてきます。この虫取り網を持って走っている絵を見て、真似する子も。かわいい。
―5年後の自分は、どうなっていると思いますか?
これから5年間ぐらいはみんなを繋げるコミュニケーターとして、コミュニケーション・コンサルティングをやりたいです。
「若いのに」とよく言われるんですが、子育て真っ最中であることやコミュニケーション面での柔軟さなど、僕だからこそのメリットを活かしつつ、ろう乳幼児またはその保護者への支援をしていきたいですね。
校外で、ろう児・コーダ・聴児にバスケを教えるチームや、目と手と身体で伝わり合うコミュニケーションキットなどを使ったワークショップを開催し、異なるということを楽しむ場を創り上げていく団体にも所属しています。なので、様々な分野で活躍する若いろう者たちや聴者との繋がりも多く持っています。
「学校だけではない、学校の外にはいろんな世界がある。面白いものがそこらじゅうにあるんだよ、飛び込んでみてよ!大丈夫。色々やってみて試行錯誤するのも楽しいから」を伝え続けたいです。
―好きなたべものは何ですか?
春巻きです。妻や母が作る春巻きが本当に大好き。20本は食べられます。以前、母から妻へレシピを伝えてもらったんです。一応自分でも作れるのですが、なんだか美味しさが違うんです……。妻の機嫌がいいときをねらって、お願いしています。具材は必ずオイスターソース、エビ、ニラ、たけのこを入れてもらっています。わがままかもしれませんが、やっぱり揚げたてが最高ですね。それを酢につけてパクッと。酢だけがいいんです。野菜の甘さがはっきりと感じられる。
―最近幸せだと思ったことは何ですか?
1歳2ヶ月になる娘がいるんです。笑顔でよちよち歩いてくる娘をぎゅっと抱きしめるとき。娘とお風呂に入り、のんびりおしゃべりするとき。そして娘が寝た後、妻から今日の娘の話を聞く時間が幸せです。
動画インタビュー(手話)
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