手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。
連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。
最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。
(連載全体のステートメントはこちらのページから)
第47回は神奈川県横浜市で菓子職人として働く伊藤ホサナ(いとう・ほさな)さんを訪ねました。
伊藤ホサナさん【菓子職人】
― お名前、ご職業、年齢は?
伊藤ホサナです。サインネームでは「ホ」の指文字であごを軽くなでる。「めめ菓子工房」代表です。ここでお菓子を作ったり、販売をしています。今年で37歳になります。
― 出身地はどこですか。
東京です。8年前に神奈川県横浜市へ越してきました。
― 今まで通っていた学校はどこですか。
1歳半のときにろうだということがわかり、東京都立品川ろう学校(※注1)の幼稚部に通いました。同時に保育園やトライアングル(※注2)、上智大学の言語聴覚教室などにつれていってもらっていました。インテグレーション教育 (※注3)で、小学校からは地元の学校に行っていました。
※注1:2005(平成 17)年閉校
※注2:一般財団法人トライアングル金山記念聴覚障害児教育財団のこと。聴覚障害児教育相談室、聴覚障害者本人・家族・教育専門家および市民ボランティアの交流会、聴覚障害についての勉強会などの事業を展開してる
※注3:障害のある児童もない児童も同じ学校に通う統合教育のこと。この場合は、ろう児が地域の普通学校に通うこと。
― こどものときの夢は何でしたか。
実はプロのダンサーを目指していたんですよ。
― これまでの職歴は?
ダンサーを目指していたころ、留学を考えていました。
親は応援してくれましたが「費用は自分で」と言われていたので、高校時代はいろいろなアルバイトを掛け持ちしていました。麻布十番のイタリアンレストランでのケーキ製造、ホテルの洗い場、パン屋での製造などです。1年で100万円を貯めました。
その後ロサンゼルスにダンス留学をしましたが、現地でプロの世界の厳しさを実感し、ダンサーの道は断念しました。
帰国後もさまざまな仕事を経験し、短大卒業後はスープ専門店に勤務しました。
ほかにも、NHK『みんなの手話』の司会アシスタントや、お菓子教室の講師も務めました。手話でお菓子作りを紹介する動画配信をきっかけに、Eテレの番組に出演したこともあります。
― 菓子職人になったきっかけは?
母がお菓子教室の講師をしていたこともあり、お菓子作りは身近なものでした。
私自身も自然と作るようになり、趣味として続けていました。
高校生のころは、プロの職人が手がける専門書を借りては、見よう見まねで手を動かしていました。作ったお菓子は自分なりにコーディネートして写真に残し、レシピにも少しずつ手を加えながらまとめていく。
そうして最終的には、一冊の本として製本したこともあります。表紙には手書きでケーキの絵を描きました。
大学生のころ、大手コーヒーチェーン店で働いていたときに、ふと「カフェをやりたい」と思ったこともありましたが、その気持ちはいつの間にか離れていきました。
24歳のころには世界一周をし、「お菓子」をテーマに各国を回りました。さまざまなお菓子や食材に触れる中で、日本人として自分の国のお菓子を学びたいと思うようになり、和菓子の勉強を始めました。
2020年、新型コロナウイルスの流行で人と会えない日々が続き、苦しい時期がありました。ろうの友人たちも同じように感じているのではないかと思う中で、「お店をやりたい」という気持ちが改めて出てきました。
そんなとき、友人から「りんご屋で働いてみない?」と声をかけてもらい、青森りんご専門店『いちりんご』で働くことになりました。
そこで趣味で作っていたお菓子を差し入れたところ、好評をいただきました。また、同じくらいの時期にマルシェ出店も友人のお誘いをきっかけに始めました。
経験を重ねる中でお客様も増え、周りの方々に背中を押してもらい、「めめ菓子工房」をオープンすることができました。
― 店名の由来を教えてください。
こどもからお年寄りまで、ずっと覚えてもらえるような名前にしたかったんです。
ろう者にとって、目を合わせることはコミュニケーションの基本です。
「目と目を合わせてのコミュニケーションを大事にする」という意味も込めて、「めめ」と名付けました。
準備を進め、2024年10月10日、「目の日」に開店しました。現在は2年目になります。
― お店を開くまでにどんな準備が必要でしたか?
開店までは、想像していた以上に時間がかかりました。事業計画書は日本語で作成する必要があり、悩みながら何度も書き直しました。
また、お店づくりで大切にしていることのひとつが世界観です。
お菓子自体のデザインは自分で考えていますが、それをより洗練させるために、信頼しているデザイナーに相談しています。同世代でCODA (※注4)でもあり、手話でやり取りできることも大きいです。何より、彼女の感性が好きで、「めめ菓子工房」の世界観を広げてくれる存在です。
※注4:コーダ Children of Deaf Adultsの略。きこえない、きこえにくい親をもつきこえるこども。
― 商品のアイデアはどうやって?
これまで世界各地でさまざまなお菓子や食材に触れてきました。店にこもるだけでなく、外に出て実際に食べることを大切にしています。
あまり考えすぎず、楽しみながら過ごす中で自然とアイデアが生まれることが多いです。これからも、「めめ菓子工房」ならではのお菓子を作り続けていきたいと思っています。
― 大切にしていることは?
この店では、ろう者を尊重することを大切にしています。
コミュニケーションの面で孤立しやすい現状がある中で、働く場としても広げていきたいと考えています。
また、できるだけろう者が生産した食材を使うようにしています。
もちろん味にもこだわり、納得できるものを選んでいます。京都のグループ「さんさんグリーン」(※注4)が手がける抹茶や、北海道のろう者が育てた小麦や小豆など、素材にも支えられています。
季節感も大切にしていて、その時期ならではの和菓子・洋菓子を用意しています。これからも一人ひとりに丁寧に向き合いながら、お菓子を手渡していきたいです。
※注5:医療法人みどり会が運営する就労支援事業所。ろう者を中心に、知的障害のある人や精神障害のある人が通所し農福連携事業に取り組んでいる。詳しくは公式サイトにて。
ーお店で大変なことは?
仕込みが一番大変です。すべて手作業で作っているため、大量には作れません。でも、その分、ひとつひとつの表情や味わいを大切にしています。
また、毎月変わる和菓子の内容を考え、材料の配分を決めていくのも欠かせない仕事です。和菓子と洋菓子では扱う材料も異なるため、それぞれに応じた準備と調整が必要になります。
手間はかかりますが、そうした積み重ねが店の味になると思っています。「めめ菓子工房」を目当てに来てくださるお客様に応えられるよう、これからも日々の仕事に向き合っていきたいです。
― 手話や指文字をモチーフにしたお菓子についてお聞かせください。
手話は特別なものではなく、私にとっては日常の言葉です。
だからこそ、「手話」や「ろう」を特別なものとして強調するのではなく、自然にお店の中に溶け込ませたいと考えています。
おいしいお菓子屋として成り立ったうえで、そこに手話が自然にある。そんなあり方を目指しています。
― 5年後の自分は、どうなっていると思いますか?
42歳の私。
10年、20年先を見据えて、より通いやすい場所に展開しながら、ろうスタッフが手話で働ける場を増やしていけたらと思っています。
― 好きなたべものは何ですか?
最近は、ご飯ですね。宮城県に夫の祖父母がいて、お米を育てているんです。それを炊いて、いろいろのせて食べるのが好き。
あとは、フランス発祥のお菓子「ババ」が好きですね。お酒と生クリーム、シロップ漬けのパンの組み合わせが最高です。
― 最近幸せだと思ったことは何ですか?
仕事以外ですと、こどもたちと過ごす時間です。
子育てというより、むしろ自分が親として育てられていると感じることのほうが多いかもしれません。一緒に過ごして、話をする時間が楽しいですね。
自分がそうしてもらったように、こどもたちのやりたいことはこれからも応援していきたいと思っています。
動画インタビュー(手話)
Information
めめ菓子工房
所在地:神奈川県横浜市青葉区柿の木台45-4
営業日:不定休 10:00~17:00 ※営業日は公式サイトのカレンダーからご確認ください
Information
詩集『まなざしの川をわたる』刊行!
齋藤陽道さんの詩と、もりやままなみさんの写真で編まれた詩集『まなざしの川をわたる』が部数限定で刊行されました。
“この詩集で成したいことは、単に「ろう者の物語」を描くことではなく、「目の喜びを糧として生きる者が、世界をどう感じ、どう共有しうるか」という問いに向き合うことだった。(「あとがき」より)”
詳しくは公式ページからご確認ください。
「働くろう者を訪ねて」の写真作品データを無償公開中
使用ルールとQ&Aの記載ページはこちら
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この記事の連載Series
連載:働くろう者を訪ねて|齋藤陽道
vol. 462026.05.22松﨑 丈さん【大学教授】
vol. 452026.04.17大林美樹さん【介護福祉士】
vol. 442026.03.18岡本祐輔さん【戦争・原爆語り部】
vol. 432026.02.19伊﨑淳子さん【そうめん職人】
vol. 422026.01.28池田幸雄さん、池田ヤヲ子さん【織物職人】
vol. 412025.12.18山下浩一さん【漁師】
vol. 402025.12.04田中三千夫さん【木工職人】
vol. 392025.10.30武中元季さん【薬剤師】
vol. 382025.08.27佐藤りょうさん【手話ラウンジ経営者】
vol. 372025.06.27原田由利子さん【盲ろう者通訳・介助者】
vol. 362025.04.10佐野安弘さん【精肉店】
vol. 352025.03.07岩舘めぐみさん【生活支援員】
vol. 342025.02.12島貫愛美さん【ペストリー】
vol. 332025.01.14チアキさん【居酒屋店長】
vol. 322024.12.11横手 奈都紀さん【ライフガード】
vol. 312024.11.20南雲麻衣さん【アーティスト】
vol. 302024.10.02鮎澤加奈子さん【自転車販売員】
vol. 292024.08.02相良啓子さん【手話言語学研究者】
vol. 282024.06.12日置美咲さん【ジビエ料理カフェ経営】
vol. 272024.04.05勝野崇介さん【乳幼児教育相談担当】
vol. 262024.02.02浜田直紀さん【起業家】
vol. 252023.11.02毛塚和義さん【ラーメン職人】
vol. 242023.09.22横尾義智さん【村長】
vol. 232023.08.10伊藤浩平さん【エンジニア】
vol. 222023.07.04尾中幸恵さん【カフェオーナー】
vol. 212023.05.31富島薦さん【工務店経営】
vol. 202023.05.08春日晴樹さん【自由人】
vol. 192023.03.28上野智美さん【編集者】
vol. 182023.02.15藤原康造さん【信楽焼職人】
vol. 172023.01.25白川泰平さん【百姓】
vol. 162022.10.26西川 敏さん【古物商】
vol. 152022.07.11吉田茂樹さん【移動型飲食店経営】
vol. 142022.03.07乘富秀人さん【画家】
vol. 132022.01.14菊永ふみさん【コンテンツクリエイター】
vol. 122021.11.30今村彩子さん【映画監督】
vol. 112021.10.05中島竜二さん【政治家】
vol. 102021.09.06末川孝浩さん【歯科技工士】
vol. 092021.08.18武富涼子さん・武富康久さん【八百屋】
vol. 082021.08.03湊崎眞砂さん【牧師】
vol. 072021.07.26郷州征宜さん【キックボクサー】
vol. 062021.07.13澤田利江さん【NPO法人代表】
vol. 052021.06.17竹内あやかさん【福祉施設 所長】
vol. 042021.05.26東 園子さん【パン職人】
vol. 032021.05.14上原正裕さん【理容師】
vol. 022021.04.30もりやままなみさん【フリーランス】
vol. 012021.04.15齋藤陽道【写真家】
vol. 02021.04.15「働くろう者を訪ねて」の写真作品データを無償公開します(使用ルールとQ&A)

















































