福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】畑の中央に立つしんとうはるかさん。青いキャップにグレーのブルゾン、ベージュのパンツを履いた全身が写り、正面を向いている。足元には野菜が育っていて、背景には畑や民家が写っている。【写真】畑の中央に立つしんとうはるかさん。青いキャップにグレーのブルゾン、ベージュのパンツを履いた全身が写り、正面を向いている。足元には野菜が育っていて、背景には畑や民家が写っている。

神藤はるかさん【農家】 働くろう者を訪ねて|齋藤陽道 vol.51

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手話を大切なことばとして生きる「ろう者」はどんな仕事をしているのでしょうか。

連載「働くろう者を訪ねて」では、写真家であり、ろう者である齋藤陽道が、さまざまな人と出会いながらポートレート撮影とインタビューを重ねていきます。

最終的な目的は、働くろう者たちの肖像を1冊の本にすること。その人の存在感を伝える1枚の写真の力を信じて、「21世紀、こうして働くろう者がいた」という肖像を残していきます。

(連載全体のステートメントはこちらのページから)

第51回は千葉県印西市で農家として働く神藤はるか(しんとう・はるか)さんを訪ねました。

神藤はるかさん【農家】

【写真】畑の中央に立つしんとうはるかさん。青いキャップにグレーのブルゾン、ベージュのパンツを履いた全身が写り、正面を向いている。足元には野菜が育っていて、背景には畑や民家が写っている。

― お名前、年齢、ご職業は?

神藤はるか、37歳。農家です。サイレントファームを営んでいます。本当はデフファームと名付けたかったんですが、屋久島に同名のファームがあるので。

 

― 出身地はどこですか。

兵庫県で生まれ、東京で育ちました。小さいころから生き物、動物、花、自然が好きで、プランターで小松菜などを育てていました。

 

― 今まで通っていた学校はどこですか。

こどものころから筑波大学附属聾学校(※注1)へ。それから帝京科学大学に行きました。生命環境学部で自然環境、生物、物理、化学など幅広く学びました。

※注1:2007年に筑波大学附属聴覚特別支援学校と改称

 

― こどものときの夢は何でしたか。

世界を飛び回る画家! 油絵を習っていた時期があって、世界を巡って絵を描けたらいいなと思っていました。お菓子が大好きだからお菓子作りをする人になりたいとか、他にもいろんな夢がありました。

 

― これまでの経歴、職歴を教えてください。

一般企業で働いていましたが、元々自然に関する仕事をしたいと考えていて、小さな畑を有料で借りて、3年間いろいろ試していました。自分は本当に農業をやりたいのか、どんな畑をやりたいのかと改めて考える時期でもありました。「マイファーム」でネット検索すると貸し農園、体験農園などが出てきます。

一般企業を辞めてアルバイトをしながら、週に2、3日は埼玉県三芳町の明石農園にボランティアとして通いました。そこは固定種・無肥料自然栽培にこだわっていたのでそれについて学べました。

もっと農業を学びたいと思い、給与付きの研修生募集をしている農家を探しました。見つけたのが千葉県船橋市にある山田農場。オーナーは10歳ぐらい上の方で、農家の中では若いほうでした。面接で「ろうです。筆談で農業のことを教えてもらえますでしょうか」と聞いてみたらすぐに承諾してくれました。高齢の方だったら難しかったかもしれません。運がよかったです。

やっぱりもっと勉強したい! お金も貯めたい! と思って、親に「部屋を貸してください」とお願いして東京の実家に帰りました。山田農場へ1年間通い、働き、学びました。

私の場合は新規就農という扱いになります。代々続く農家ではないので、農具も機械も農地もありません。農業を始めるための資金が必要なんです。100万円以上かな。なので給与をいただきながら研修生として農業を学べたのは本当にありがたかったです。

 

― 農業に関心を抱いたきっかけは?

大学でのサークル活動がきっかけです。おじいさん、おばあさんしかいないような山奥の村へ行き、使われていない畑を借りて、地域の人に教えてもらいながら作物を育てたり、地域の祭りを手伝ったりするサークルでした。

私たちが関わっていたところは中山間地域で、斜面に畑、田んぼがありました。いわゆる段々畑、棚田ですね。大型の農耕機を入れるのが難しいんです。猪などの害獣もやってくる。人口減少で後継者がいない。近い将来、放棄されてしまいそうな農地がある。大学の先輩方がその問題に取り組んで、地域おこし活動をしていました。

「自然と人を繋ぐ」。その志に賛同して、積極的に参加しました。実際に行ってみると、農業だけではなく蕎麦打ち、木こり、森林管理など、それぞれの分野で熟練の技術と知識を持つ高齢者が多くいて、たくさんのことを教えてもらいました。

その経験を通して、自然に囲まれた環境で人の温かみ、自然からの恵みや感動を忘れられず、どうせなら自分が食べる野菜は土の中の生き物や動植物など、地球に優しいものがいい。自分で野菜を作りたいと思うようになりました。

 

― 農家として独立したのはいつですか?

2019年6月、千葉県印西市武西でサイレントファームとしてスタートしました。

独立する前に「農業をやりたいです。借りられる農地はありますか」と市役所に相談して、手話通訳者と同行して現地見学をして、農地を借りる、という流れでした。そのときの農業委員会の担当者がすごくいい方で、親身になって動いてくれたんです。

元職場の山田農場が近くにあったので、困ったときはすぐに相談することができて、とても助かりました。地域の人たちにもお世話になり、「よさそうな家と農地が売りに出されている」という情報も教えてくれました。そして2022年に今の場所へ移ってきました。

 

― 農業を始めたとき、何を購入しましたか?

私の場合は運が良く、使われていない古いトラクターをゆずっていただけました。ガタガタだったので修理代がかかりましたが、購入するよりは費用を抑えられました。小型の耕運機が15〜30万円だったかな。農業を始めたときの出費は全部で110万円ぐらいだったかな……。他のところよりは少なくすんだと思います。

お世話になった山田農場も新規就農なんですよ。積極的に相談してみたら「予算表はこうやって書く」「地域によって借りられる土地の広さが違う」「野菜の適正な販売価格とは」など、実践的で参考になることをたくさん聞けました。

 

― どんな仕事をしていますか?

山田農場の野菜の売り方を参考にして「季節の野菜詰め合わせセット」の定期販売をメインにやっています。サイレントファームで収穫したものを詰め合わせて、月曜と木曜に発送したり、お客さんに取りに来てもらったり。また近くのスーパーマーケットに野菜を持って行って、置かせてもらっています。

さまざまな販売方法がありますが、JA(農業協同組合)のようなところに卸すには、大量の野菜を定期的に作らなければなりません。年間に50種類の野菜をつくる農場もあり、2種類に絞って大量に育てる農場もあります。サイレントファームでは30種類ぐらいかな。

冬にナスを収穫できるやり方もあるのですが、私は季節を感じるような野菜を育てています。夏にはナス、トマトなど。冬は小松菜、白菜、ケール、ほうれん草など。甘くておいしいんです! 里芋は親いもも販売しています。みなさんがスーパーマーケットなどで見かけるのは、親いもにくっついている子いも、孫いも。親いもは切って、フライにするのがオススメ。野菜セットのお客さんに楽しんでもらえるように、スーパーマーケットでは見かけない野菜も提供しています。

収穫体験もやっています。農薬を使わずに育てた野菜をその場で収穫してパクッ、ポリッと食べる体験ができて、大人もこどもも野菜を楽しめる機会を作りたいというのが目的です。その場で調理したり、キャンプっぽい企画もしています。焼き芋とか。野菜を通してみんなが交流できる場を作りたいと思ってやっています。

去年は餅つきを企画しました。昔ながらのお正月を体験してもらえたらと思って。いつか世界一強い雑草、千萱(ちがや)を使ってしめ縄を作る体験をやってみたいな。今年はどうしようかな。

最初は環境を守る仕事をしてみたかったんです。山梨県の清里に環境教育を学べるところがあるので、大学を卒業したあと、実習しに行ってみたんですが、難しすぎてやめちゃいました。でもその経験も含めて、今に活かしていきたいなと思いつつ、あれやこれと考えたり実践しています。

 

― こだわっていることは?

たくさんあるのですが、うーん。うん、種ですね。種は大きく分けて「F1種(一代交配種)」と「固定種(在来種)」(※注2)があります。どっちをオススメするかと聞かれたら固定種。例えばわさび菜、かつお菜、のらぼう菜。昔から日本にあり、日本の気候に合った品種がオススメ。

今、よく見かけるキャベツやきゅうりは明治時代あたりに外国からやってきた種を、日本の気候に合うように品種改良したものなんです。

ピーマンといったら緑色ですよね。日本の固定種の中にクリーム色、黒色のピーマンもあるんです。こどもも面白がってくれるかなと思って、育ててみました。実際にはいい反応、あまりよくない反応、半々でした。

昭和時代のピーマンは苦かったと思うんです。今のピーマンは品種改良を重ね、甘くなってきたそうです。クリーム色、黒色のピーマンは昔から甘く、みずみずしくておいしいんですよ。今度ぜひ食べてみてください!

※注2:
「F1種」は、特徴の違う固定種を交配した「一代限り」のハイブリッド種。形や大きさがきれいに揃うなどのメリットがある。F1種の野菜から種を採って育てると、まったく違う姿や性質の野菜が育つ。
「固定種」は、何世代にもわたって種を採り続け、形や味が固定されている。形が不揃いになりやすいが個性的で味や香りが濃厚なものが多い。種を採って翌年植えても、親と全く同じ野菜が育つ。

 

― 農業の難しさを感じた時期はありましたか?

そうですね。もうあきらめようか、と迷うときもありました。体調がよくないな、休みたいなと思っても休めないんです。天気に振り回される。旅行に行けない。農業を始めたときは独身で、気軽に実家から畑へ行けたんですが、結婚してから家族や犬が増えて、環境が変わって、生活と仕事の切り替えがうまくできなくてつらかった時期もありました。どっちにも集中することができない……。でももうちょっとがんばりたい……。このくりかえし。

 

― それでも続けてこれたのは?

やっぱり、育った野菜を見たときに力がわいてくるんです。それを食べたとき「やっぱりおいしい。みんなに食べてほしい」という気持ちがあふれてきます。食べたら元気になるし、季節も感じられる。この感動を分かち合いたい。私がやっていることに興味を持ち、同じ考えを持っているろう者にもっと遊びにきてほしいです。

 

― ろう者の農家は他にもいますか?

何人かいます。でもまだ会ったことがない人が多いですね。埼玉県だったかな。有機農業をされている高齢のろう者がいるらしいんです。80代かも。TV番組「ろうを生きる 難聴を生きる」で知りました。その方が農業を始めたころは「ろう者が育てた野菜を食べると耳が聞こえなくなる」という誤解があったそうです。それでも、野菜作りを続けてきた。その様子を見て感動しました。私たちが今、野菜を作っていても何も言われないのはろうの先輩方の努力のおかげだと思っています。

長野県には兼業農業、養蜂をしているろう者がいます。ろう学校の先輩で、山を走って登るパワフルな人。前にどうやって農業を始めたらいいのかと相談されたので「パワーがありまくっているからもうやっちゃおうよ! やってみたらいいよ!」と伝えました。今は会社勤めをしながらやってるらしいです。タフですね。

 

― 5年後の自分は、どうなっていると思いますか?

今の状況をしっかりと継続させていて、収穫体験をさらに深堀りした企画にしていっているといいな。

 

― 好きなたべものは何ですか?

せいだのたまじ(※注3)。山梨県の郷土料理です。じゃがいもの味噌煮。知っている人は少ないかもしれないけど、おいしくて大好き。山梨県の上野原市、その山奥の西原(さいはら)に通っていたときに知りました。収穫したじゃがいもの中で、売りに出せない小さいものを使って調理します。昔からある農家のおやつ。TV番組「秘密のケンミンSHOW」にも出ていて、好評でした。せいださんという方がその地域にじゃがいも作りを広めたことからこういう名前になったそうです。

※注3:小粒の皮つきじゃがいもを味噌味で煮っころがしにしたもの。江戸時代後期、甲府の代官であった中井清太夫(なかい せいだゆう)が、九州からじゃがいもを取り寄せ、村人に種いもを配って栽培させたことで大飢饉から救ったことから、功績をたたえてじゃがいもを「清太夫芋」「清太芋」と呼ぶようになり、のちに「せいだ」へと変化した。「たまじ」は小さなじゃがいものこと。(引用先:「うちの郷土料理」(農林水産省))

 

― 最近幸せだと思ったことは何ですか?

ケガもなく過ごしていられるということかな。この夏は熱中症にならず、ハチにも刺されなかった。よかったよかった、という感じで小さな幸せがたくさんあります。そして採れたての野菜を食べたとき。初物は最高です! それぞれの野菜にぴったりの調理方法を見つけたときも幸せ。

動画インタビュー(手話)

インタビューの様子や、日常の様子をまとめたこの映像には、音声も字幕もテロップもありません。写真だけではどうしてもわからない、その人の手話の使い方に滲みでてくることばの特徴を感じてもらうためです。たとえ手話がわからなくても、そのリズムに目をゆだねてみてください。じわりと浸透する何かが、きっとあります。「こういうふうに話す人なんだなあ」と知ってもらった上で、写真を見てもらうと、見え方がまた変わります。

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